不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
買換特例について
ベテランの税理士が土地から建物への特定事業用資産の買い換えをお勧めしない理由
新任の税理士やFPの方は特例が大好きです。
「こうするとこんなに節税できますよ」といってお客様を喜ばせるのは楽しいものです。
でも、特例は使えばよいというものではありません。
ある時、事務所に資産家のIさん(69)が尋ねてきました。数年前に買い換えた賃貸ビル(居住用)の所得税がなんとかならないかというご質問です。
「先生、わたし煙草を吸いますし、大酒のみでもあり、スーツや靴もそこそこの物を買いますから、累計すると恐ろしいくらい税金を払っています
「そうでしょうね。たばこ税に酒税おまけに消費税、Iさんは歩くたびにチャリンチャリンと税金を落としているといってもいい人ですよね」
「まったく、国にとっては良い人ですよ。おまけに父が亡くなり賃貸ビルを相続した後は随分と高率の所得税や住民税も払っているのです。なんとかなりませんかね」
「所得税って、あの賃貸ビルの所得税ですか」
「そうです。昨年父が亡くなって、父から相続した賃貸ビルが私のものになった途端、今年の春の申告所得税が跳ね上がったのですよ」
「ああ、三月に申告案をお送りしたら『これは何かの間違いだろう!』とお怒りの電話をいただいて職員一同震え上がったのが記憶に新しい」
「あの時はすみませんでした。なんだかむしゃくしゃして」
「確かに、昨年までは年金に対する所得税が15万円ほどだったのが、今年は600万円ほどに跳ね上がったので、まあ、びっくりするのも理解できます」
「課税される所得金額でいえば300万円が7.3倍の2,200万円になったのですから、税金が110万円(15万円×7.3)くらいにはなるかな~とはおもっていたのですが、600万円とは!思わず天井を仰ぎましたよ」
「それはお気の毒に」
「なぜ、こんなに税金が高いのですか」
「そうですね。所得税は累進課税です。ごぞんじのように所得が増えれば増えるほど税金が高くなるのです」
「累進税率ですか。稼げば稼ぐほど税金が重いのですか」
「そんなに、じっと手を見つめないでください」
「そういわれてもね」
「まあ、所得の再配分も社会の維持には必要です。所得税の税率と課税所得の関係を示したものが次の限界税率の図です」
「所得が195万円を超えると税率は10%、330万円を超えると20%、695万円を超えると23%、900万円を超えると33%、1,800万円を超えると40%と順次税率が上がっていき4千万円を超えると45%になるのです」
「課税所得が4千万円を超えると半分近く税金なのですか!」
「この他に地方税が10%かかるので、課税所得が4千万円をこえると半分以上税金です」
「それが累進課税の実態なのですね」
「Iさんは、従来の年金収入に家賃収入が加わり課税所得が1,800万円を超えました。上のグラフの1,800万円を超えてしまったので税率が40%になっています。税金が随分と増えたなとお感じになられたのは、これが大きな原因です。加えてIさんの場合、少し特殊な事情があります」
「特殊とは」
「お父さんが10年前に都内の駐車場を半分売って、残した土地に賃貸ビルを建てた時、特定事業用資産の買い換えという特例の適用を受けているのが大きいのです」
「ああ、そのことなら父から聞いています。父が付き合っていた前の税理士さんの時代にその人の勧めで、売った土地の値段と同額以上のビルを建てれば80%の税金が繰り延べになるから節税になると言われて使った特例です」
「そうなのですが、買換特例を使ったがゆえに、ただでさえ重い税金をさらに重くしているのです」
「え?買換特例は節税特例ではないのですか」
「そうです。税法の仕組みをよく知っている税理士なら、原則として、土地から建物への買い換は勧めません。その理由は、譲渡所得の税率が20%であるのに対し、不動産所得や事業所得の税率は累進税率だからです。課税所得が427万5千円を超えると所得税と地方税の合計に対する限界税率は20%以上になってしまうのです。Iさんの場合、家賃収入が3,000万円と多いのでとても不利になっているのです。少し複雑になりますが表を書いてご説明しましょう」
(注)所得控除等は考慮していません。
(注)買換特例の11欄の37%や34%は課税される総所得に対する税金の負担率を表しています。これを実効税率と読んでいます。それに対し、買換特例を適用していなければ控除できた減価償却費4,732,200円とその税額2,324,100円の負担率49%です。これを限界税率といいます(限界税率の図では50%ですが、所得税の累進税率の影響で設例では49%)。
Iさんのお父さんは10年前に土地から建物の買い換えを行いました。土地の譲渡価額が3億円、必要経費を控除した所得金額は2億7,500万円でした。特例を使わなければ5,500万円(所得税+地方税)を納税するところです。
当時の税理士の勧めで、事業用資産の買換特例を使ったところ、納税額は1,100万円に減少しました。4,400万円節税になったと説明されました。
ところが、買い換えビルの家賃収益に対する税金に影響が出ているのです。買換特例を使わなければ毎年660万円減価償却できるのに、特例を使ったため186万円ほどしか償却できないことになっています。買換特例を使ったので、実際の建築価額3億円をまるまる減価償却の対象にできないからです。
減価償却費の差額は473万円ほどですが、課税される所得が1,913万円もあるので(1,800万円を超えているので)所得税の限界税率は40%(設例では所得税の累進税率の影響で39%)、地方税を加えると限界税率は50%(設例では49%)となってしまいます。
買換特例を使わなければ譲渡益の20%を負担すればよかったのに特例を使ったために、自分で20%の税率を49%まで引き上げてしまっているのです。
所得税+地方税の負担率(実効税率)は次表のとおりですが、累進税率で重要なのは限界税率(所得に適用される税率)です。不動産投資をなさる方は、税法の運用形態を理解した税理士に相談することが重要です。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。