不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
~必ずチェックしましょう~ 相続税の増税に備えてNo.8
1.自宅の小規模宅地等の課税価格の計算特例(80%減額特例)の複雑なケース
いままで何度も申し上げているのですが、亡くなった方の自宅の敷地の課税価格が330㎡まで80%減額される特例(特定居住用宅地等の特例)をきちんと使えるようにしておくことは、地価の高い地域では特に重要な相続税対策です。この特例については、適用要件のチェックが難しい事例もあり、80%減額特例を適切に使うためには、専門家、特に相続税に詳しいベテランの税理士を上手に活用することが肝要です。
過去に税理士の力量の差で、納める相続税が大幅に異なった例をあげてみましょう。平成25年12月31日までの税制の例ですが、次のような事例があります。
F(92)さんが亡くなりました。Fさんの主な遺産は相続税評価額4億1,000万円のビル一つでした(借家権等の調整を全くしていない評価額です。)。生命保険はFさんの年齢からいって期待できませんでした。現金預金の残高も2,000万円を切るほどでした。相続人は遺産の中に占める不動産の割合が高く、現金が少ないことに気が付きました。相続税の納税資金をどう工面したらよいか心配でたまりません。建物の1/4について貸家評価減を行い、敷地の1/4については建付地評価減を行うと、建物の相続税評価額は925万円、敷地の評価額は3億7,900万円です。これに現金預金2,000万円を加算して計算した、特例が全く使えない場合の相続税はおおよそ8千万円です(税率は旧法を用いています。)。
■Fさんの遺産
【建物部分】
固定資産税評価額1,000万円
1階部分借家権控除後925万円
▲75万円(250万円×30%)
【敷地部分】
1階部分貸家建付地控除後評価額3億7,900万円
敷地4億円-(1億円×貸家建付地評価減▲21%)
税金が払えなければビルを売ればいいのですが、Fさんが残したビルの用途は次のようなものでしたので、売るというのも難しい選択でした。
■建物の利用状況
ビルは、一階が貸店舗、二階がFさんの住居、3階がFさんの長男A1家族の住まい、4階が孫A2夫婦の住居でした。Fさんの奥さんは数年前に他界して、相続人は長男A1、次男B1、三男C1の三人です。
2.平成25年12月31日までに相続が開始した場合の80%減額特例の適用
このビルの敷地について特定居住用宅地等の特例を適用できるでしょうか。平成25年12月31日までの税法では、80%減額特例の対象となるのは、次の二つでした。
①相続人が住んでいた家の敷地
②被相続人と生計を一にしていた親族の居住の用に供されていた建物の敷地
一棟の建物でも、事例のように、被相続人と親族が各々構造上区分された建物の各独立部分に住んでいた場合には、本来は、被相続人が住んでいた部分だけが80%減額特例の対象です。その他の部分は被相続人が親族に無償で貸している部分ですから、80%減額特例の対象とはならないのが原則です。
ただし、平成25年12月31日までに開始した相続では、ちょっと特殊な取扱いがありました。
「独り暮らしのFさん」が住んでいる一棟の建物(構造上区分された部分:この事例では2階、3階、4階)に被相続人と相続人が別々に住んでいる場合には、被相続人と相続人が同居していたものとして申告するとこれを認めるという取扱いがあったのです(措法通69-4の21)。
Fさんは独り暮らし(配偶者や同居の法定相続人がいない場合)という条件付ですが、構造上区分された建物に、Fさん、長男A1家族、孫A2夫婦が各々独立部分に住んでいても、同居していると解釈して特例を適用できたのです。
一棟の建物のうち、さすがに賃貸している1階部分はだめですが、本人が住んでいる2階、長男家族が住んでいる3階、孫夫婦が住んでいる4階をひとつの住居とみることにより、各々が居住していた部分に対応する敷地(全体の3/4)について、(被相続人の居住用宅地として)80%減額特例が使えるように解釈した通達でした。この通達があったおかげで、配偶者や同居の法定相続人もいない事例のような場合には、相続税が大幅に少なくすんでいたのです。
■ 構造上区分された一棟の建物に係る80%減額特例の適用
平成25年12月31日以前に相続が開始した場合は、Fさんに配偶者や同居の法定相続人がいない場合に限り、Fさんの親族が居住している部分(事例では3階、4階)もFさんが住んでいた部分として申告すると認められていたのです。
長男A1が単独でこのビルを相続した場合の相続税を考えてみましょう。ビルの敷地が320㎡あったとすると、Fさんと長男家族、孫夫婦が居住している部分は全体の3/4ですから、敷地面積にすると240㎡(320㎡×3/4)(平成25年12月31日以前は240㎡が80%減額の限度面積でした。)。当該240㎡部分の相続税評価額が3億円だとすると、課税価格は2億4,000万円減額され、特定の相続人が相続した場合(注)、敷地全体の課税価格は1億3,900万円(80%減額対象地3億円×0.2+貸家建付地7,900万円)として計算できたのです。この結果、旧法での相続税は約1千万円でした。
せっかくこのような取扱いができるのに、原則通り2階部分だけを特定居住用宅地等として申告していると課税価格は8千万円減額されるだけなので(3億円×1/3×0.8=8千万円)、敷地全体の課税価格は2億9,900万円、預貯金2,000万円を考慮した相続税の総額は、4,800万円です。申告の仕方次第で納税額が3,800万円も異なったのです。
(注)特定の相続人とは、相続開始前3年間自己又は自己の配偶者が所有している日本国内に存する家屋に居住したことがない親族をいいます。
■課税価格と税額一覧表
ただし、FさんよりFさんの配偶者が長生きしていると、Fさんの死亡時には、配偶者がいるわけですから、従来の取扱いでは、Fさんの特定居住用宅地等は、敷地全体の1/4のうち、配偶者が相続した部分にしか適用できず、配偶者が敷地全体を相続したとしても、敷地の課税価格は8,000万円減額された2億9,900万円です。構造上区分された一棟の建物に被相続人と親族が別々の独立部分に住んでいる場合には、夫婦がなくなる順番の相違で税金が大きく変わるという妙な税制だったのです。
また、2階、3階、4階部分がFさんの居住用とみなされたので、A1、A2は同居の親族にあたり、Fさんに借家住まいの次男がいても、次男は80%減額特例を受けられなかったのです。
このような矛盾を含んでいたため、構造上区分された一棟の建物に関する80%減額特例は平成25年度の税制改正で改正されました(この改正は基礎控除の引下げなどの改正に先立ち平成26年1月1日以降に開始する相続にから適用されました。)。
3.構造上区分された一棟の建物に関する改正の内容
平成26年1月1日以降に開始する相続については、一棟の建物で構造上区分された独立部分に被相続人等居住していた場合、一棟の建物のうち「被相続人、被相続人の配偶者又は被相続人の親族」が居住していた居住部分は、被相続人等が居住していた部分とされ、一棟の建物の独立部分に居住していた親族が当該部分を相続すると80%減額特例が適用できると法令化されました(措法69条の4③二イ)。事例では、Fさんの住んでいた2階部分、長男A1家族の居住している3階部分、孫A2夫婦が居住している4階部分の全体が、Fさんの居住の用に供されている部分とされたのです(この一棟の建物に居住している親族は、Fさんに配偶者や同居の法定相続人がいても特例の適用を受けられる者として新たに規定されました。)。
では、長男A1と孫A2は、Fさんの同居の親族になるのでしょうか。Fさんの次男がいわゆる家なき子(相続開始前3年以内に、自己又は自己の配偶者が日本国内に所有する家に住んだことがない親族)に該当する場合、長男A1や孫A2がFさんと同居していると、家なき子である次男がこの一棟の建物を相続しても、80%減額特例は受けられないことになってしまいます。
国税庁の取扱では、この場合、被相続人が現実に居住していた部分(事例ではFさんが住んでいた2階部分)に同居している親族が同居の親族に該当し、他の独立部分に居住していた親族は「被相続人の同居親族」には該当しないとされています(措法基通69の4-21)。
そうすると、被相続人に配偶者や被相続人と起居寝食を共にし、被相続人が住んでいる独立部分に同居している法定相続人がいない場合には(その一棟の建物の他の独立部分に居住している親族だけでなく)、自己又は自己の配偶者が所有している家屋に相続開始前3年以内に居住したことがない親族も相続又は遺贈によりその敷地を相続すると80%減額特例が使えることとなります。
以上を表にまとめると次表のとおりです。これほど複雑な法律があっていいのでしょうかと、思わず考えてしまいますね。
■構造上区分された一棟の建物に被相続人と親族が居住している場合の80%減額特例
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。