不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
老人ホームに引っ越した後、空き家になった自宅を売る時の注意点
サラリーマンを定年退職したFさんは、月曜日はテニス、火曜は絵画、木曜日はゴルフと余生を楽しく送っていましたが、年々足腰が弱り、最初にゴルフができなくなり、テニスは、クラブに行っても、ラケットを握る時間よりビールを片手に話に興ずる時間が増え続け、85歳を過ぎると寄る年波には勝てず、遂には、そのような生活にもおさらばしてしまい、3歳年下の奥さんに渋めの顔をされましたが、何とか説き伏せ、いわゆる老人ホームに転居しました。
「ママはね、まだホームは早いといったのに、この人、言い出したら聞かないから」Fさんの奥さんは、ジュンパナ茶園のダージリンを娘に手渡しながら言いました。
「ところで、空き家にした家をどうするのよ」と、久しぶりに顔を出した娘がいいます。娘といってもFさんの26歳の時の子どもですから、もう59歳、来年還暦です。
Fさん:「うーん、あそこでお前たちを育てたから、思い出があるのだよね」
娘:「パパ、そんなこと言っても、固定資産税はかかるし、たまには風をとおさないといけないし、水回りも手を入れないと悪臭がし始めたし、お庭だって、植木屋さんに入ってもらわなきゃ、ご近所の手前もあるのよ」
奥さん:「そうよね。それ全部あなたにおしつけちゃって、パパって、けっこういい加減なんだから」
Fさん:「そうか、それなら、いっそ売ってしまおうか」
奥さん:「あら、パパ、もう気が変わったの」
Fさん:「君子は豹変すだよ」
娘:「パパ、ちょっと聞いて、この間、うちの会社の顧問税理士にお昼をごちそうしたら、空き家になった自宅を売るのならば、引っ越した日から3年経過した日の年末までに売ると、3,000万円の特別控除(居住用資産の譲渡所得の特例)を受けることができるって教えてくれたわ」
Fさん:「そうか。税理士にはランチをおごるべきだな。でも、僕らは、ここに引っ越してからまだ半年だから、まだまだ大丈夫だな」
奥さん:「あら、あなた、時間の経つのは早いものよ。光陰矢の如し、売るならさっさと売らないと」
Fさん:「そうかな~」
娘:「あのね、この間ひどい台風があったでしょ。その後に掃除にいったら、雨漏りの後みたいな染みができていたところがあるの」
Fさん:「え~!天井にか?」
娘:「そうよ」
Fさん:「うーん、まずいな」
奥さん:「まずいもなにも、あなた、あの家は建ててから50年は経つのよ。あのまま使う人はいないわよ」
Fさん:「そうか。じゃあ、早いところ家を壊して更地にしておこうか。空地なら駐車場で貸す手もあるし」
娘:「だめだめ、パパだめよ。あの辺り、最近は車に乗る人が減って駐車場を借りてくれる人も少ないそうよ」
Fさん:「そうか、じゃあ、更地にしてから、時期を見て売るとしよう」
奥さん:「あなた、勝手に決めないで。建物の名義は全部あなたのものだけど、私も敷地の持分を持っているのよ」
Fさん:「そうだな、それは恐れ入谷の鬼子母神」
奥さん:「まだ2年半の余裕があるからゆっくり考えましょうよ」
仲の良い家族の話が進みますが、いまの話、節税という観点からは、すこし勘違いがありそうです。税法には落とし穴がつきものです。ちょっとベテランの税理士の解説を聞いてみましょう。
税理士の解説
勘違いしやすいところは、次のとおりです。
(1)転居する直前まで自宅として使用していた家屋と敷地の双方を所有している者が家屋と共に敷地を譲渡すること
(2)引っ越した日から3年を経過する日の属する年の年末までに譲渡すること
(3)家屋を取り壊した場合には、上の(2)の期限と、取り壊した日から1年経過する日までの期限とどちらか早い日までに譲渡すること
(4)転居後、売るまでに空き家になった建物を賃貸したり、自宅以外の用途に使用したりしても特別控除を受けることはできますが、建物を取り壊した後の敷地は、他の者に貸し付けるなど他の用途に使用した場合には、特別控除を受けることができなくなります。
まとめ
売買契約書に判をつく前に、譲渡所得の事例をたくさん知っているベテランの税理士に相談することが重要です。契約をしてしまった後では、対策を打てる場合でも身動きがとれません。税務の相談は、売買契約書に判をつく前(老人ホームに転居する場合は、引っ越し前)に行うことが肝要です。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。