不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
~必ずチェックしましょう~ 相続税の増税に備えてNo.6
今回は、92歳のEさん(女性)のお話しです。
Eさんは、幼少の頃から利発な性格で90歳を過ぎた今でも近所の人気者です。Eさんには長年連れ添った夫がいたのですが、16年程前に先立たれ、今は長男家族と同居しています。Eさんが住んでいる家と敷地は長男名義です。夫から長男が直接相続したのです。
Eさんが持っている不動産といえば、近所の駐車場しかありません。終戦後、夫が八百屋をしていた店をたたんで、老朽化した建物を取壊し、駐車場として賃貸しているのです。85坪ほどの土地に車10台分のスペースを取っているので、賃料は毎月15万円です。
「いいお小遣いでしょう」というのがEさんの口癖です。
ただ、長男はちょっと心配しています。というのはその駐車場の評価額が案外高いのです。税務署の相談室に行って税務相談官に評価してもらったところ、なんと相続税の評価額でも5,000万円ほどするのです。
Eさんは夫から相続した預貯金や株式が6,000万円ほどあります。駐車場用地と合わせると一億円を超えてしまいます。いざという時の相続人は長男と長女の二人です。
「うーん、相続税はいくらになるのやら」
心配になって、長男は三井住友トラスト不動産の税務相談を予約しました。
「概算ですが相続税は全体で960万円、均等に相続なさると納税額は、お一人当たり約480万円です。金融資産のうち預貯金を3,000万円もっていらっしゃるということですから、納税資金は大丈夫でしょう」
税理士は銀色のパソコンから顔をあげて答えました。
とりあえず払えるなら安心かな、それにしても母が亡くなるだけで税金を1,000万円ほど納めるのか。登記の費用やら相続手続きにけっこうお金がかかりそうだな、などと思っていると、また、税理士が口を開きました。
「駐車場の土地は、現在、どのような状態なのですか」
「はい、ええと、特になにもしていません。整地するときにちょっと砂利を入れた程度でしょうか。それが何か影響があるのですか」
「ええ、アスファルトをひくだけで相続税の課税価格が変わります」
「ええ?どれだけ変わるのですか」
そうですね。税理士は立ち上がりホワイトボードになにやら書き始めました
「え?アスファルトをひくだけで、そんなに相続税が変わるのですか!300万も!」
「ええ、そうなんです。駐車場用地は、単に土地を区分けして貸しているだけですと、小規模宅地等の特例の一つである貸付事業用宅地等に該当しないのですが、ちょっと設備を施すと、なんと該当してしまうのです。そうすると200平米まで課税価格を50%減額して相続税の計算をすることが可能になるのです」
「ふうん、不思議な法律ですね」
「不動産所得のある人が亡くなった場合、相続税を支払うために賃貸している土地を売らなければならなくなると、その賃貸収入をあてにしていた相続人の生活の基盤が失われるおそれがあるのでの建物や構築物の敷地として賃貸されている土地について課税価格を200平米まで50%減額できる特例があるのです」
「ふうん、青空駐車場とアスファルトをひいた駐車場とそんなに違いますかね」Eさんの長男は不思議そうに首を傾げます。
「まあ、そういうことになっているので」税理士はちょっと困った顔をしています。
「アスファルトをひく費用ってどのくらいでしょうか」
「そうですね。業者によっても違いますが、85坪もありますから、150万円くらいはかかるかもしれません。10年償却です」
「ざっと考えると、相続税の減額が307万円、アスファルトの費用が150万円、差引157万円得になるわけですね」
「そうです。相続開始時点でアスファルトの未償却残高があれば相続財産として申告しますが、アスファルトの費用150万円は手持ちの現金が150万円減るので、敷設後すぐに相続が開始しても相続財産の総額には影響しません。差引157万円得になります」
「自分でアスファルトをひかないで、たとえばコインパーキングを経営している会社に一括して賃貸する場合はどうですか。自分でアスファルトを持っていないと貸付事業用宅地等の特例を受けられないのでしょうか」
「いえ、賃貸土地の上にある建物や構築物は他人の物でもかまいません。要は、賃貸している土地の上に建物や構築物があれば、小規模宅地等の計算の特例は適用できるのです」
「駐車場用地として需要がある土地ならばコインパーキングとして一括貸する選択肢もあるわけか」
「そうですか。最後に、ちょっと気にかかっていることをお尋ねしてもいいですか」
「はい、なんでしょうか」
「よく新聞や雑誌に小規模宅地の特例というのは『評価額を減額する』と書いてあるのを目にしますが、先ほどからの説明を伺っていると『課税価格を減額する』とおっしゃる。どこが違うのですか」
「はい」税理士はにっこり笑って答えました。
「税法を正しく理解しているかどうかの違いです。小規模宅地等の特例というのは、対象となる宅地の評価額を減額するものではありません。たとえば330平米で相続税の評価額が5,000万円の自宅の敷地があったとします。特定の親族が相続又は遺贈により取得すると税金の対象となる価格(課税価格)を80%減額して1,000万円だけを課税対象とすることができます。ただし、5,000万円という評価額が変わるわけではありません。評価額はあくまでも5,000万円のままです」
「なるほど、そういうことなのですか。そういう根本的なことを理解している税理士がいいですね」
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。