不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
自宅相続の仕方と譲渡所得
自宅の相続の方法
Hさん(女性82)は数年前に夫を亡くしました。Hさんのような女性を昔はよく「未亡人」と呼びました。未亡人とは、読んで字のごとく「未だ亡くならない人」という意味。夫が亡くなると妻も後を追ったはるか昔の因習が残っている言葉なので、最近は使う人がほとんどいません。それはともかく、Hさんも広い邸宅に独りで住んでいるのも心もとなく感じる今日この頃。体調もいまひとつすぐれません。そろそろ自宅を売って、そのお金で老人ホームに入ろうかしらと思案する日々が続いていました。
Hさんには、一人息子(52)がいます。海外赴任が長くいまでもベルギーに駐在しています。その息子がお盆に帰国してきたので、家を売る相談を始めました。
「ねえ、どうしよう。この家、お祖父さんが建てた家だから相当歳を取っているの。人間でいったら100歳は超えているかしら」
「ふう、古いね」
「トイレとかキッチンとか居間とか、亡くなったお父様がだいぶ手を入れたから、そこそこ綺麗だけど、そろそろ建て替えの時期かもしれないわね」
「え、お母さん、この家建替えるつもり?」
「まさか、一人で住むには広すぎるし、冬なんか寒いのなんの」
「そうだよね。駅や病院に近いマンションを買って引っ越したら?」
「お父様やおじい様のいろいろな思いが込められているから、手放すのは忍びないけど、そろそろね」
「うん、僕がいる間に売買手続きをすませようか」
「そうしてくれる。助かるわ」
ということで、一人息子の太郎さんが不動産会社に訪ねてきました。
「いらっしゃいませ」
「古い戸建を売りたいのだけど」
「ああ、こちらのおうちですね。いまでも人気のある地域ですから、需要はたくさんあると思います」
「売ったらいくらくらい税金がかかるだろうか。自宅を売る場合には3,000万円まで税金がかからない制度があると会社の同僚が教えてくれたのだけど」
「そうですね。建物と土地の所有者はどなたでしょうか」
「だれが父から相続したかな...。」
「ちょっとお待ちください」
しばらくすると、不動産会社の担当者はネットで取り寄せた家の登記簿謄本を持ってきてくれました。
「ご自宅の家屋はお母様、敷地はご長男、太郎様になっています」
「そうだ、二次相続のことを考えて、母には時の経過と共に価値が減少する家屋を、敷地は僕が相続したのでした」
「そうですか...。お住まいになっている方はお母様だけですか」
「そうだね。僕はいまでもほとんどベルギーにいるから、居住者は母です」
「そうですか...。税理士に相談しないと確かなことはお答えできないのですが、たぶん通常の譲渡所得の税金がかかってしまうのではないかと思います」
「え!3,000万円の特別控除が使えないの。母が住んでいるのに?」
なにか困った事態になっているようです。税法的にはどこが上手くないのか、ベテランの税理士の意見を聞いてみることにしましょう。
税理士の意見
自宅を売った時に適用できる3,000万円の特別控除(居住用資産の譲渡所得の特別控除、租税特別措置法35条)の規定の要件は、①自分が住んでいる家屋を売るか、家屋とともにその敷地や借地権を売ること。以前に住んでいた家屋や敷地等の場合には、住まなくなった日から3年目を経過する日の属する年の12月31日までに売ること、特定の親族に対する譲渡は適用除外されることなどいろいろな要件がありますが、最も肝心なことは、「家屋の所有者がその家屋に住んでいたこと」「住んでいた家屋を売ること」です。家屋の所有者が同時に敷地の所有者であれば特別控除を受けることができますが、敷地の所有者が家屋の所有者ではなく、かつ、敷地の所有者が地上家屋に住んでいない人である場合には、3,000万円の特別控除を受けることができないのです。
一般的に、家屋は値上がりしません。値上がりするのは敷地です。それなのに、この居住用の特別控除(3,000万円の特別控除)の規定は、原則として土地だけを売った場合には適用がなく、自宅家屋を所有している人が自宅家屋と共に敷地を売る場合にはじめて敷地についても値上がり益につき3,000万円の特別控除を適用できるような建付けになっているのです。敷地はあくまで家を売った付録のような位置づけにされているのです。
なぜそのような規定になっているかといえば、多くの場合、自宅を売るときは、住む家がなくなるので、当然、新たに住む家を買うことが多いことや新たに家を買わないケースでは、資金的に困窮して自宅を手放す場合があることなども想定しているから「現に住んでいる家屋を売ること」が規定の中心的な要件になっているのです。
相続税が課税されない方でも、不動産の相続の仕方について相続登記を行う前にベテランの税理士に相談することが不要な税負担を避けるために必要なことかもしれません。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。