不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
居住用資産の譲渡 租税特別措置法35条
ショートストーリー
税務署の若い調査官が統括国税調査官の指示を受けています。調査官の隣には50代の上席調査官が座っています。
統括国税調査官が口を開きました。
「久しぶりに譲渡所得の調査に行ってもらう。若林君にはこの事案を担当してもらおう」
「ほほう!居住用の特別控除を使っている事案ですね」
上席調査官の山田さんが統括官から事案を受取り、ペラペラと資料をめくりながら言いました。
「上席、それ僕の事案ですよ」と若林調査官が発言すると、統括官が笑いながら
「まあまあそう焦らないでください。若林君、今回は指導事案として、上席に同行してもらう予定なのです」
「そう、指導事案だぞ。若林、この事案の調査ポイントをあげてみろ」
「え~、指導事案なら調査ポイントも上席が教えてくれるんじゃないですか」
「若林、世の中そんなに甘くはないぞ。要調査項目くらい自分で分析してみろ」
「そうですか、ええとですね」
若林調査官は事案に編綴されている譲渡所得の内訳書と住民票の除票、登記簿謄本を見比べながら続けます。
「譲渡された土地は、納税者が昭和40年から住んでいた土地の敷地ですが、敷地全体は広ですね。登記簿謄本を見ると分筆前の土地は345㎡ありました。約100坪ですね。そのうちの一部180㎡を分筆して譲渡しています。地上にあった古い家は取り壊しています」
「そうだね。この場合、居住用資産の譲渡所得の特別控除を使えるケースと使えないケースがあるけどわかるかな」
若林調査官は統括官にそう聞かれて、少し困った顔をしました。
「若林、わかるか」
横から上席調査官がちょっかいを出します。
「え~、敷地がいくら広くても、納税者が生活の本拠として使用していた家の敷地を譲渡したなら適用できるんじゃないですか。」
「そうかな、租税特別措置法35条の適用要件を言ってもらおうか。言えるかな」
「上席、いくらなんでもそのくらいは言えますよ。まず、①譲渡した人が譲渡した家屋を生活の本拠に使用していたこと、②その家屋を譲渡すること、③家屋と共に敷地を譲渡した場合には、敷地の値上がり益についても特別控除を適用できることです」
「そうか、この場合は、家屋は取り壊しているけど、それはいいのかな」
「上席、その質問はあまりに初歩的な質問です。家屋を譲渡していなくても、敷地を譲渡するために取り壊している場合には適用できます。建物を取り壊して敷地全体を譲渡すると敷地のどの部分も居住用資産とみることができます」
「そうだ、若林。調査ポイントがわかったろ」
「ああそうか!この事案は、敷地の一部を譲渡しているから、譲渡した土地の上に建物が乗っていないと、居住用資産の特別控除は使えないのですね。建物を取り壊して売っても、売った部分の地上に建物がなければ、売るために建物を取り壊したといえないのですね。」
「そう、庭を売ったお金で、自宅を立て直しただけだということになるわけだ」
「山田上席、なかなか上手に指導してくれますね。ありがとう。若林さん、そうするとどこを調査したらよいのかな」
統括国税調査官が手元のノートになにか書きながらいいます。
「えーとですね。まず、譲渡前の土地の上のどの位置に建物が建っていたかを確認します」
統括国税調査官が続けます。
「そのためには、誰に何を聞いて、どのような書類を手に入れるかだね」
「まず本人調査です。譲渡までの経緯や代金の使途も確認しますが、建物がどの位置にあったかを譲渡人に直接説明してもらいます」
「その際、家の間取り図も書いてもらうのがいいぞ」と上席がアドバイスをします。
「で、実際に建物がどの位置にあったかを確実に調査するには、解体業者や買主、それに新築建物を建築した業者の三者に反面調査をする必要も生じてくるかもしれない」と統括官が続けます。
「建物の一部が譲渡した地上にある場合は、どうかな」と上席が質問します。
「そのくらいはわかります。建物の軒先だけが譲渡した地上にある場合は適用不可です。建物を譲渡したと同一視できることが条件だからです」
「そうだね。建物の主要部分が譲渡した地上にある場合は、売るために取り壊したといえるから適用可能だね。さあ、しっかり調査してください」
ここがポイント
自宅を売ったときは、譲渡所得から最高3,000万円まで控除できる特例があります。これを居住用資産の譲渡所得の特別控除といいます。
この特例を受けるためには、自分が住んでいる家屋を売るか、家屋とともにその敷地や借地権を売ることが必要です。
この特定の立法趣旨は、自宅を売る場合には、またどこかで自宅を買う必要があることや、経済的に困窮して自宅を手放すこともあることから、値上がり益について最高3,000万円までは税金がかからないようにしようということです。
法律の構成が、自宅家屋を売ることとなっているので、家屋を取り壊して自宅を売る場合はどうなのかという疑問がわきますが、国税庁は、敷地を譲渡するために家屋を取り壊した場合にも①敷地の譲渡契約が、家屋を取り壊した日から1年以内に締結され、かつ、住まなくなった日から3年目の年の12月31日までに売ること、②家屋を取り壊してから譲渡契約を締結した日まで、敷地を貸駐車場など他の用途に使用していないことを条件に特別控除の適用を認めています。
ただ、ショートストーリーにあるように、家屋を取り壊して敷地の一部を売り、残りの部分に自宅を新築しているような場合は、特別控除を適用できる場合とできない場合が生じてきます。
家屋を取り壊して敷地の一部を売った場合、下図にあるように庭の部分を売ったと認定される場合には、特例の適用はありません。
建物の敷地部分を売って、従来の庭の部分に自宅を新築する場合には適用可能です。
事実認定が困難なのは、下図③のように譲渡した土地に家屋の一部が乗っている場合です。
認定が難しくならないように、敷地の一部を売った資金で自宅を建て替えようとお考えの方は、ぜひ、事前にベテランの税理士によくご相談していただくようお勧めいたします。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。