不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
~必ずチェックしましょう~ 相続税の増税に備えてNo.5
前回に引き続き、ドクターDの自宅と診療所の敷地の相続税対策です。
地価の高い土地で商売をしていたり自宅があったりすると、改正後の方が相続税は少なくなることがある。
ドクターDは、8億2千400万円も財産を持っている超富裕層です。そのうち自宅と診療所の土地建物の相続税評価額の合計は2億2千400万円です。平成27年1月1日以降に相続税が増税され、基礎控除は下がり、相続税の税率も一部引き上げられたというのに、ドクターDが相談したベテランの税理士は、「今から準備して、適切な手を打てば、あなたのような資産家は、改正後の税制の方が、かえって相続税が下がりますよ」
というのです。
なぜでしょう。
その理由は、ドクターDの資産構成にあります。彼は地価の高い都市部に合計730平米もの土地を所有し、かつ、実に都合の良いことに事業の用(診療所)に使っている土地が400平米、自宅の敷地が330平米あるのです。
自宅の敷地は、ドクターDが亡くなると「特定の相続人が相続又は遺贈により取得する」ことにより最高330平米まで課税価格が80%減額されます。
特定の人というのは、法令の規定では、まず、配偶者又は同居の親族ですが、ドクターDは妻に先立たれているので独り暮らしです。配偶者も同居の親族もいない状態です。その場合は、別居している親族のうち「相続開始前3年以内に自己又は自己の配偶者の所有する家に住んでいない親族」が取得すると特例を使うことができると法律は規定しています。
ドクターDには三人の子どもがいます。自宅を所有していないのは次男です。次男に自宅の敷地を相続させると特定居住用宅地等の小規模宅地等の課税価格の計算特例を使えるのです。
特定の人に特定の物を相続させる方法に遺言があります。
「『次男に自宅を相続させる』と遺言に書くわけか・・・。でもね。次男坊は風来坊だから不動産などいらないというだろうな」
「では、ご長男のところの孫に譲るというのはいかがですか」
「え? 子どもを差し置いて、孫に譲る手があるのかね」
「ええ、『自宅の敷地を孫1に遺贈する』と遺言にしたためると、孫1に取得させることができます」
「孫2でもいいかね」
「ええ、孫1、2、3の三人に各1/3ずつ遺贈するということもできます」
「一つの土地を三人に遺贈するとややこしくならんかね」
「そうです。一人に絞るのが賢明です」
「うん。では、まず自宅の敷地を孫1に遺贈するという遺言を作ることにしよう」
「お孫さんが受遺者になると、お子さんが相続する場合に比べ相続税は2割増しになりますが」
「そうか。でも課税価格が80%も下がるなら、それでもだいぶ節税になるからいいとしよう。で、診療所はどうしたらよいのかな」
ドクターDが亡くなると、診療所はどうなるでしょうか。地域医療を考えると、適当な人に診療所を継いでもらえればいいのですが、診療所の土地に多額の相続税が課税されると、今の場所で診療所を維持することはできなくなります。
亡くなった人が商売に使っていた土地や借地権は、事業を継ぐ人にとっても大切な商売道具です。商売道具に多額の相続税を課税されては事業を継いでいくことができません。そこで相続税法は(厳密には租税特別措置法という法律ですが)、亡くなった人の商売(事業)を継ぐ人(被相続人の親族でなければなりません)が、商売に使っていた土地を相続又は遺贈で取得するならば、最大400平米まで課税価格を80%減額することにしているのです。
特例を使える人とは、ドクターDの親族のうち診療所を継いでくれる人(親族)です。
「うーん、難しいな」ドクターDは、そういって腕組みをしてしまいました。ドクターDの子どものうち医師免許を持っているのは三男ただ一人です。彼が勤めを辞めて診療所を継いでくれるといいのですが、彼は麻酔医なのです。
「うーん」ふたたびドクターDは悩ましい声を発しました。
孫のうち一人は医大生です。
「あいつが開業できるようになるまで引退するわけにはいかないのかな」
「方法が無いわけではありません。特定事業用宅地等の特例には、同居の親族が行っている事業用の宅地等についても80%減額する規定があります」
「それは、どういうことかな」
「三男先生に戻ってきてもらい、三男先生のペインクリニックとして営業を開始すると先生は引退しても、診療所の敷地を80%減額する方法があるのです」
「ほう、わしが引退して、三男がこの診療所の建物でペインクリニックを開設するだけではダメなのか」
「ええ、80%減額特例を受けるためには、三男先生が先生と同居することが必要なのです」
「ふむ、あいつの家族と同居するといくら税金が減るのかな」
「実効税率が31.5%なら、おおよそ3,000万円です」
「なるほど、いまの自宅の改築費が出るわけか」
「え? いえ、まあ...」
診療所のような有資格者でなければ営めない事業を承継するのはなかなか難しいようですが、お蕎麦屋さんや八百屋さんなど、都市部の商店の事業承継には特定事業用宅地等の小規模宅地等の計算特例を使えるようにするのと、無防備に相続の時を迎えるのでは、事業を承継する相続人の負担が大きく異なります。特に、店舗や事務所の敷地を引退した人が所有し、生計別の相続人がそこで商売を営んでいる場合には、なんらかの対策を打つ必要があります。
時間をかければ同居する以外にも対策はあります。地価の高い土地で商売を営んでいる人は、なるべく早めに相続税に詳しいベテランの税理士に相談することが必要かもしれません。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。