不動産を中心とした資産活用及び相続対策について、税理士のアドバイスです。
空き家を売った場合の譲渡所得の特別控除の創設(案)
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
さて、1月は「土地や建物を所有するのは法人が有利か?個人が有利か?(第2回)」として「一般原則は法人が有利②(譲渡するとき)」をご説明する予定でしたが、平成28年度税制改正大綱を受け、「空き家の譲渡所得の特別控除」について、ご説明します。
なお、「土地や建物を所有するのは法人が有利か?個人が有利か?(第2回)」は2月にご説明します。
1.改正の立法趣旨
昨年12月24日に閣議決定された税制大綱によれば、本年の税制改正で「空き家に係る譲渡所得の特別控除の特例」という新たな条文が租税特別措置法に作られる予定です。
「空き家に係る譲渡所得の特別控除の特例」とは、平たく言えば、「空き家を売った時の値上がり益に係る税金について一定額の控除をしましょう」という特例です。
この特例の立法趣旨は、
「老朽化し、倒れそうな家や、汚水が溜まり悪臭を発するような家など、適切な管理が行われていない空き家は、どうしても隣近所に迷惑をかけてしまう。そこで、このような空き家が生じないように、 ① 相続により発生した空き家のうち、②旧耐震基準しか満たしていない家屋について、③相続人が④必要な耐震改修又は⑤除却を行った上で家屋と敷地又は建物除去後の土地を売却した場合、譲渡益から最高3,000万円を控除することができるようにする」
というものです。
単に古いから改修や改築をすればよいというのではなく、「耐震改修」を行った後に譲渡すると3,000万円の特別控除が受けられるというわけです。
適用期限は平成28年4月1日から平成31年12月31日までの間の譲渡とされる予定です。
2.主な適用要件
主な適用要件は次のとおりです。
(1)相続した家屋は、昭和56年5月31日以前に建築された家屋(区分所有建築物(マンション等)を除く。)であって相続発生時に被相続人以外に居住者がいなかったこと。
(2)譲渡をした家屋又は土地は、相続時から譲渡時点まで、居住、貸付、事業の用に供されたことがないこと。
(3)譲渡価額が1億円を超えないこと。
(4)相続財産に係る譲渡所得の課税の特例(措置法39条)との選択適用とされる予定
(注)相続等により取得した財産で相続税が課税されたものを譲渡した場合、相続税の一部を必要経費に加算する特例です(租税特別措置法第39条)。
3.よくある質問
Q1
なぜ、相続発生時に「被相続人以外に居住者がいないかったこと」という要件があるのですか。同居人がいてもいいような気がするのに。
A1
同居人がいる場合は、被相続人が亡くなっても直ぐに空き家になるわけではないので近隣に迷惑をかけるような空き家の発生を抑えるという立法趣旨に合わないのです。また、同居人がその家と土地を相続した場合は、同居人はその家を所有し、かつ、生活の本拠として使用する期間があります。相続後に譲渡した場合、現行制度にある居住用資産の特別控除(注)を受けることができます。
【感想】
なるほど、同居人がいれば措置法35条の特別控除を受けるように相続すればいいわけですね。
【注意】
そうです。この際、多くのケースで自宅の小規模宅地等の課税価格の特例(自宅敷地の課税価格が最高330平米まで80%減額される特例)を受けるでしょうから、相続税の法定申告期限までに、同居人が他に転居したり、譲渡したりしないように気を付けてください。
(注)ご自宅(生活の本拠としている家)を売った場合、値上がり益について最高3,000万円まで特別控除をすることができる特例です(租税特別措置法35条)。
Q2
「昭和56年5月31日以前に建築された家屋」というのは、どういう意味なのですか。旧耐震基準しか満たしていない家屋という説明もありましたが。
A2
耐震基準というのは、読んで字のごとく建築物の設計上、地震に耐えることのできる構造の基準です。これが昭和56年に改正され、昭和56(1981)年5月31日までの建築確認において適用されていた基準を旧耐震基準、6月1日以降に適用されているのが新耐震基準というそうです。
旧耐震基準は、「震度5強程度の揺れでも建物が倒壊せず、破損したとしても生活が可能な状態に補修できるよう設定されている耐震構造基準」です。技術的には、建物自重の20%の地震力を加えた場合に、構造部材に生じる応力が構造材料の許容応用力以下であるかどうかで判断されます。
これに対し、新耐震基準は、震度6強~7程度の揺れでも倒壊しないよう設定されている構造基準です。
【感想】
なるほど、昭和56年5月31日以前に建築確認を受けた古い建物でも、震度6強から7程度の地震にも耐えるように改築した後に譲渡すると3,000万円の特別控除が受けられるというわけですか。改修費を見積もってもらい、あまりに高かったら取壊してから売ればいいわけですね。
【注意】
そうです、耐震改修費と取壊し費用の両方の見積を取るというのが実務的な対応ですね。居住用資産の特別控除は建物を取り壊したら、取壊した日から1年以内に譲渡しないと、住まなくなってから3年目の年末が到来していなくても特別控除が受けられなくなります。空き家の譲渡に関する改正案(税制改正大綱)には、取壊してから1年以内という制限は今のところありませんが、本年4月に施行される条文を念のために確認するようお勧めします。
Q3
独居老人だった母が亡くなりました。母が住んでいた家は孫の大学に近いので、耐震改修をして孫が暫く住んでいました。亡くなってから3年目の年末までに売りたいのですが、このような場合は、空き家の特別控除は受けられますか。
A3
残念ながら、適用できません。お母様が亡くなられた時から譲渡の時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に使ってしまうと空き家特例は受けられなくなるのです。
【感想】
そうですか。一度でも使うと空き家特例は受けられなくなるのですね。
空き家でも固定資産税は払わなければならないし、孫が住んでもダメだというなら、早めに売った方がいいかもしれない。
Q4
独居老人だった母(被相続人)が住んでいた建物を取り壊して、更地にしました。固定資産税の小規模宅地の特例(200平米まで課税価格の1/6を課税標準とする特例)が適用できなくなったので、上がった固定資産税を払うために駐車場にしました。この駐車場を母が亡くなってから3年目の年末までに譲渡した場合、空き家特例は受けられないのですか。
A4
そうです。適用できません。お母様が一人でお住まいだった家について「相続の時から建物を除却する時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと」という要件を満たすことが必要で、かつ、(この場合)土地については「相続の時から譲渡する時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと」という要件も満たす必要があります。
要は、相続されてから空き家のままで事業用や居住用に使用しないこと、空き家を取り壊した後の敷地は譲渡するまで他の用途に使ってはいけないということです。
【感想】
空き家の時も、取壊した後の敷地の時も、事業の用、貸付の用、居住の用に使ってはダメということですね。家庭菜園ならいいのかな…。それはともかく、相続したら速やかに解体して売るのが特別控除を受けるためには安全ですね。
Q5
うちの父が一人住まいでいた家は、昭和39年に建売を買ったものですが、数年前に建て直したばかりです。なにか特別控除はないでしょうか。
A5
空き家特例は、相続した家屋が新耐震基準に適合した建物である場合は適用できません。
敷地の取得が古い場合は、建物の取得費を調べ、未償却残高を考慮して値上がり損益を計算する必要があります。検討の結果、土地の値上がり益が見込まれ、かつ、自宅の相続税の小規模宅地の特例が使えないケースでは、(自宅の敷地を相続される時に負担された)相続税を譲渡所得の取得費に加算する特例(措置法39条)の適用ができないかなどを検討します。このようなケースでは、内容が複雑になりますから、お独りで悩まないで、税理士に相談していただくことをお勧めします。
Q6
空き家特例は、措置法39条の相続財産に係る譲渡所得の課税の特例(注)と併用できますか。
(注)例:長男Aが親から相続した遺産総額が100あり、そのうち40が不動産(この場合は実家の土地)であり、Aさんが負担した相続税が10である場合、次の式で計算した相続税を値上がり益の計算上取得費に加算できる特例です。
取得費に加算される相続税4=10(Aさんの相続税)×40(不動産)/100(Aさんが相続した遺産総額)
A6
できません。値上がり益が3,000万円以上ある場合は、通常、空き家特例が有利だと思います。相続財産が高額で、相続税の実効税率が高い方は譲渡所得の課税の特例の方が有利になる可能性もあります。どちらがより節税になるか税理士とよく相談してください。
Q7
うちの父が一人住まいをしていて亡くなった家は、平成7年に建売を購入していたものです。空き家特例が使えないので不公平な気がします。
A7
そうですね。ただ、立法趣旨から考えると新耐震の空き家の譲渡について3,000万円の特別控除が適用できないというのはやむを得ないのかもしれません。でも土地建物を売って税金がかかるのは値上がり益がある場合だけです。平成7年(1995年)の取得ならば土地の価格は下落していると考えられるため建物の減価償却を考慮しても譲渡益ではなく譲渡損失が生ずるのではないかと思います(下図参照)。お父様が購入された時の契約書や領収書を確認してみてください。
Q8
空き家特例は、相続人以外の受遺者が取得した場合には適用できないのでしょうか。
A8
空き家特例を適用できるのは、空き家を相続により取得した法定相続人及び包括受遺者です。
以上、新しく作られる空き家特例についてご説明しました。
この法律は、国会に提出され議決を経なければなりません。例年ですと3月中旬から末に議決されます。公表されている税制改正大綱には、「適用期限は平成28年4月1日から平成31年12月31日までの間の譲渡」と記載されているだけで、いつ開始した相続から適用するという記載はありません。
3年前に相続した空き家でも要件に合えば適用できるのかということは、定かではありません。
このように、まだ「案」です。法案の成立を確認してから、かつ、できれば税理士によく相談して相続されたご実家のご利用や売却をお考えくださるようお勧めします。
田中 耕司Kouji Tanaka税理士
JTMI税理士法人日本税務総研 https://tax365management.com/
JTMI税理士法人日本税務総研/相続支援ナビ https://souzoku.jtmi.jp/taxprime/
税理士法人日本税務総研 代表 大阪国税局・国税不服審判所、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)勤務を経て、平成17年より現職。上場企業や中小企業の会計実務、不服審査実務にも通じた資産税の専門家。著書に『相続・贈与・遺贈の税務』(中央経済社)他。