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相続の税務Q&A

相続の税務Q&A

相続の税務
Q&A

税理士
JTMI税理士法人日本税務総研
田中 耕司

相続税は一般的に増税になったといわれていますが、特例の拡大や創設などが行われており、工夫次第では相続税や贈与税の節税が合法的にできます。合理的で無理のない節税を解説しています。

※本コンテンツの内容は、平成28年4月1日現在の法律に基づき作成されております。
相続の税務についてQ&A形式で解説しています。

ケーススタディ

Q
不動産を購入する時に法人で買うべきか個人で買うべきか、有利不利を教えてください。
A

 不動産を購入する時に法人で買うべきか個人で買うべきかというご質問をよく受けます。

 この問題、実は、四連立方程式のように複雑です。この問題にお答えするためには①相続の時にどちらが有利か、②所有している間はどうなのか、③譲渡益に対する課税はどうかという3つの面からアプローチする必要があります。加えて、法人が製造業、卸売業、小売業、サービス業など「商売をしている法人」なのか、「不動産賃貸業」なのかにより結論が変わり、更に、購入する不動産の使い道によっても有利不利が変わるのです。


一般原則は法人が有利

(1) 相続時にどちらが有利か個人所有と法人所有を比較します

 単純な例でご説明しましょう。Aさん(90歳)は、資産管理会社甲社の100%株主です。甲社の役員でもあります。Aさんが、土地Zを個人で購入した後50年経過しました。取得価額は100です。50年経過後の相続税評価額は1,000です。土地Zの用途は自用です。

① 個人で土地を所有している場合の相続税評価額(用途;自用地)

② 法人で土地を所有している場合の相続税評価額

 法人で土地Zを購入している場合、50年経過後の評価額はどのようになるでしょうか。Aさんは直接土地Zを所有していません。甲社が土地Zの所有者です。繰り返しになりますがAさんは甲社の100%株主です。このような場合、Aさんは甲社の株式を通じて土地Zを間接保有していることとなります。

 甲社の資産は、土地Zだけです。会社に負債はないものとします。このような場合、甲社の株式の評価は、土地Zの評価額と一致するはずですが、取引相場のない株式の評価をするときは、土地Zに評価差額(含み益)がある場合には、評価差額(含み益)に対し37%の法人税等相当額を控除することとされています。この結果、土地Zの評価額(株式を通じた評価額)は、後述のとおり667となります。


■甲社の貸借対照表


■Aさんが発行済株式総数の100%を所有している甲社の株式を通じた土地Zの評価額

 同じ土地なのに、簿価よりも値上りしている土地を法人で所有している場合は、法人の株式の評価上37%減額されます。個人で所有しているよりも土地Zの相続税の評価は低くなると言ってもよいでしょう。


(2) 所有している間は個人所有と法人所有のどちらが有利か(不動産が収益物件なら)

 法人で収益を生む不動産(賃貸マンションなど)を購入すると、理論上、所得分散が可能です。Aさんが個人で直接賃貸マンションY(土地・建物)1棟を所有している場合、マンションYから上がる収益は、当然のことながら、すべてAさん固有の所得です。

 これに対し、甲社がマンションYを購入すると、賃貸収入は甲社に帰属します。Aさんの息子Bさんが甲社に勤務していると甲社はBさんに給与を支払うことができます。このように、同族法人で不動産を保有していると、所得分散が可能となるのです(もちろん、Bさんが実際に勤務していることが必要です。)。


【注意】甲社が所有する不動産をAさんの自宅に使用している場合の留意事項

 甲社が所有する不動産がAさんの自宅に使用している土地建物の場合(いわゆる社宅)は、家賃に気をつける必要があります。無償で貸したり、極端に安い賃料で貸したりすると、会社から役員に対する経済的な利益の供与(フリンジ・ベネフィット fringe benefit)として給与課税されるおそれがあります。給与課税を避けるためには、毎月、一定額の家賃(ここでは、「賃貸料相当額」といいます。)を受け取る必要があります。

 賃貸料相当額は、貸与する社宅の床面積により大幅に異なります。所得税法では、建物の耐用年数が30年以下の場合には床面積が132㎡以下である住宅、建物の耐用年数が30年を超える場合には床面積が99㎡以下(区分所有の建物は共用部分の床面積を按分し、専用部分の床面積に加えたところで判定します。)である住宅を「小規模な住宅」といい、小規模な住宅ならば、ある程度安く貸しても大丈夫ですが、小規模な住宅に当たらない場合は、そこそこの家賃を取らないと経済的利益について課税されます。

 役員に貸し付けているマンションの固定資産税の課税標準額が同額でも床面積により賃貸料相当額が異なり、建物2,500万円、土地500万円のマンションで計算すると、床面積99㎡のマンションならば、賃貸料相当額は61,360円ですが、100㎡なら233,333円です。

① 役員に貸与する社宅が小規模な住宅である場合
次のイからハの合計額が賃貸料相当額とされます。

イ (その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×0.2%
事例では……2,500万円×0.2%=50,000円

ロ 12円×(その建物の総床面積(㎡)/(3.3㎡))
事例では……12円×(99/3.3)=360円

ハ (その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×0.22%
事例では……500万円×0.22%=11,000円

賃貸料相当額=50,000円+360円+11,000円=61,360円

② 役員に貸与する社宅が小規模な住宅でない場合
役員に貸与する社宅が小規模な住宅に該当しない場合には、その社宅が自社所有の社宅か、他から借り受けた住宅等を役員へ貸与しているのかで、賃貸料相当額の算出方法が異なります。

イ 自社所有の社宅の場合
次のaとbの合計額の12分の1が賃貸料相当額になります。

a (その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×12%
ただし、建物の耐用年数が30年を超える場合には12%ではなく、10%を乗じます。
事例では……2,500万円×10%=250万円

b (その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×6%
事例では……500万円×6%=30万円

賃貸料相当額=(250万円+30万円)×1/12=233,333円

ロ 他から借り受けた住宅等を貸与する場合
 会社が家主に支払う家賃の50%の金額と、上記イで算出した賃貸料相当額とのいずれか多い金額が賃貸料相当額になります。

③ 豪華社宅の場合
 役員に貸し付ける社宅が、社会通念上一般に貸与されている社宅と認められない、いわゆる豪華社宅である場合は、上述の算式の適用はなく、時価(実勢価額)が賃貸料相当額とされます。
 いわゆる豪華社宅であるかどうかは、床面積が240㎡を超えるもののうち、取得価額、支払賃貸料の額、内外装の状況等各種の要素を総合勘案して判定します。なお、床面積が240㎡以下のものについては、原則として、プール等や役員個人の嗜好を著しく反映した設備等を有するものを除き、上述①又は②の算式によります。


(3) 所有している間は個人所有と法人所有のどちらが有利か(不動産が遊休地なら)

 なにも使用していない土地を所有しているのは得策ではありません。高度成長期のように毎年のように値上りしていくことは期待しにくい状況です。価値が変動しなければ固定資産税の負担だけが生じることとなります。

 遊休地を甲社で所有していると固定資産税は損金になりますが、Aさんが個人で所有している場合は、使用していない土地の固定資産税は経費で落とすことができません。


(4) 不動産を譲渡するときはどちらが有利か

 中小企業、言い換えると、資本金1億円以下の法人税の実効税率は、平成26年度が36.05%、平成27年度から34.33%でした。平成28年度には33.80%、29年度は変更がないのですが、30年度には33.59%と順次引き下げられる予定です。

 個人の場合は、譲渡する年の1月1日現在で所有期間が5年を超えている場合、「長期譲渡所得」と呼ばれ、税率は20.315%です。5年以下なら「短期譲渡所得」と呼ばれ、税率は39.63%です。

 平成29年3月決算の会社が、所有しているマンションを売りました。譲渡価額から取得費(簿価)と譲渡するための経費を控除したところ譲渡益が100万円でありました。実効税率が33.8%なら法人税は338,000円です。

 個人で所有しているマンションを売って同様の譲渡益がでると、譲渡する年の1月1日現在で所有期間が5年を超えている長期譲渡所得ならば税率は20.315%ですから約20万3千円です。5年以下なら39.63%(短期譲渡所得)ですから約39万6千円です。


個人だと、譲渡する年の1月1日現在で所有期間が5年を超えていれば20.315%

 長い間所有していた(長期譲渡所得)マンションを売るなら個人の方が有利、短期間で値上がりしたマンションを売るなら法人の方が有利というわけです。

 ただ、このように法人と個人を単純に比較するだけでは、実は有利不利は判定しがたいのです。個人の場合、譲渡したマンションが自宅なら居住用の特別控除を使うと、値上がり益が3,000万円以下のケースでは税金を0にできるからです。所有期間が短くても、実際に生活の本拠として使用している自宅を売ると最高3,000万円まで特別控除を使えるのです。


自宅を売却した場合なら税金がかからないこともある

 このように考えると、長期譲渡所得になる場合や、短期でも居住用の特別控除を使えるなら個人の方が有利なようにみえます。

 ただし、個人の場合は、同じ年の間に値上がり益のある不動産と値下がり損失がある不動産を譲渡すると、同じ譲渡所得内なので通算ができますが、個人が所有している土地建物の譲渡損失は一定の条件を満たす自宅の譲渡損失を除き、他の所得と損益通算できません。法人の場合は、同一事業年度内ならば損失や費用の種類を問わずに通算ができます。勤続55年、80歳の創業者が引退する時期に合わせ不動産を譲渡すると、譲渡益が3,250万円あっても、創業者に同額の退職金を支給し、実質的な法人税の負担を0円とすることができます。

 おまけに、退職所得は次の式で算出する「退職所得控除」というものがあるので、勤続55年なら3,250万円まで退職金に対する所得税を0にすることが可能です。


 現行の所得税法と法人税法で不動産を譲渡することの有利不利を考えると、自宅は個人で、それ以外の不動産投資は法人で所有するという方法がオーソドックスな選択かもしれません。


(5) 相続する時はどちらが有利か

 相続税の特例には特筆すべきものがあります。被相続人の自宅の敷地を配偶者又は一定の親族が相続すると課税価格が最高80%減額される小規模宅地等の課税価格の計算特例です(下記参照)。

Q 自宅の敷地や商売に使っている土地の相続税が安くなる特例(小規模宅地等の課税価格の特例)があるそうですが、どのような趣旨からできている制度ですか。

Q 被相続人の自宅の敷地は、一定の要件を備えると最大80%課税価格が減額されるそうですが、特例の要件を教えてください。

Q 被相続人の自宅の敷地の課税価格が最大80%減額される特例は、被相続人と生計を一にする親族の居住用の敷地にも適用できるそうですが、その要件を教えてください。

Q 被相続人が亡くなるときに老人ホームに入所していた場合、空家になっている自宅の敷地は80%減額特例の対象になるのでしょうか。

Q 被相続人が居住していた住宅は娘家族も住んでいる二世帯住宅でした。被相続人が住んでいた部分以外のもっぱら娘家族が住んでいる部分の敷地についても80%減額特例の適用はありますか。二世帯住宅は一階に被相続人が二階に娘家族が居住しています。

Q 賃貸アパートの敷地やアスファルトを敷設している駐車場用地にも適用できる小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等の特例)があるそうですが。

Q 貸付事業には、事業と称するに至らない不動産の貸付けで相当の対価を得て継続的に行うもの(準事業)も含まれますか。

Q 青空駐車場も賃貸していることに変わりはないのですが、200m²まで 50%減額される特例の適用はないとのことです。なぜですか。

Q 自宅や貸付用不動産以外にも特例の対象となる宅地等はあるのでしょうか。

Q 特定同族会社事業用宅地等とはどのような宅地等をいうのでしょうか。

Q 特定事業用宅地等とはどのような宅地等をいうのでしょうか。

Q 被相続人の居住の用に供されていた宅地等であっても、小規模宅地等の特例の適用がない土地があるそうです。どのような点に気を付けたらよいでしょうか。

Q 限度面積の計算はどのようにするのでしょうか。

Q 小規模宅地等の特例を受けるための手続きを教えてください。

 これは、相続税の特例ですから、個人が直接所有している土地が対象です。会社の創業者やオーナー経営者が会社所有の土地建物に住んでいる場合(役員社宅)は、自宅として使っている土地は法人所有ですから、330㎡まで80%減額される特例は使うことができません。

 自宅は個人で所有していることが80%減額特例の前提要件です。

 事業を営んでいる会社の本社や工場が地価の高いところにある場合はどうでしょうか。この場合も、本社や工場の土地を個人が所有し会社に賃貸しているケースや、土地と建物を個人が所有し会社に賃貸している場合には、貸地の評価減ができるだけでなく、特定同族会社事業用宅地等の課税価格の計算特例(Q 特定同族会社事業用宅地等とはどのような宅地等をいうのでしょうか。参照)の適用を受けると400㎡まで80%課税価格が減額されます。この特例は被相続人の自宅の減額特例と完全併用できるので特に有利です。

 相続の局面では、地価の高いところにある自宅や会社の本社などは個人で所有している方が(他の要件を充たすことが前提ですが)、有利です。

※会社が単なる資産管理法人の場合は、被相続人が資産管理会社に貸付けている土地は200㎡まで50%の減額を受けることができる場合があります。


■まとめ

 不動産を法人で所有するのが有利か、個人で所有する方が有利かという問題は、法人が資産管理法人なのか、いろいろな商売をする事業会社なのかにより異なります。ポイントは上述のとおりなのですが、問題は複雑です。実務にあたっては税理士等の専門家にご相談なさることをお勧めします。

Q
青空駐車場を所有しているのですが、相続対策について教えてください。
A

 アスファルトをひくなどすると、相続税の課税価格が変わることがあります。Eさんのケースをみてみましょう。

 Eさんは、幼少の頃から利発な性格で90歳を過ぎた今でも近所の人気者です。Eさんには長年連れ添った夫がいたのですが、16年程前に先立たれ、今は長男家族と同居しています。Eさんが住んでいる家と敷地は長男名義です。夫から長男が直接相続したのです。

 Eさんが持っている不動産といえば、近所の駐車場しかありません。終戦後、夫が八百屋をしていた店をたたんで、老朽化した建物を取壊し、駐車場として賃貸しているのです。85坪ほどの土地に車10台分のスペースを取り、賃料は毎月15万円です。

「いいお小遣いでしょう」というのがEさんの口癖です。

 ただ、長男はちょっと心配しています。というのはその駐車場の評価額が案外高いのです。税務署の相談室に行って税務相談官に評価してもらったところ、なんと相続税の評価額でも5,000万円ほどするのです。

 Eさんは夫から相続した預貯金や株式が6,000万円ほどあります。駐車場用地と合わせると1億円を超えてしまいます。いざという時の相続人は長男と長女の二人です。

「うーん、相続税はいくらになるのやら」

 心配になって、長男は三井住友トラスト不動産の税務相談を予約しました。


■総財産 1億1,000万円

「概算ですが相続税は全体で960万円、均等に相続なさると納税額は、お一人当たり約480万円です。金融資産のうち預貯金を3,000万円もっていらっしゃるということですから、納税資金は大丈夫でしょう」

 税理士は銀色のパソコンから顔をあげて答えました。

 とりあえず払えるなら安心かな、それにしても母が亡くなるだけで税金を1,000万円ほど納めるのか。登記の費用やら相続手続きにけっこうお金がかかりそうだな、などと思っていると、また、税理士が口を開きました。

「駐車場の土地は、現在、どのような状態なのですか」

「はい、ええと、特になにもしていません。整地するときにちょっと砂利を入れた程度でしょうか。それが何か影響があるのですか」

「ええ、アスファルトをひくだけで相続税の課税価格が変わります」

「ええ?どれだけ変わるのですか」

 そうですね。税理士は立ち上がりホワイトボードになにやら書き始めました。

「え?アスファルトをひくだけで、そんなに相続税が変わるのですか!300万も!」

「ええ、そうなんです。駐車場用地は、単に土地を区分けして貸しているだけですと、小規模宅地等の特例の一つである貸付事業用宅地等に該当しないのですが、ちょっと設備を施すと、なんと該当してしまうのです。そうすると200㎡まで課税価格を50%減額して相続税の計算をすることが可能になるのです」

「ふうん、不思議な法律ですね」

「不動産所得のある人が亡くなった場合、相続税を支払うために賃貸している土地を売らなければならなくなると、その賃貸収入をあてにしていた相続人の生活の基盤が失われるおそれがありますね。ただ空地を貸しているだけでは、税制上優遇する根拠に欠けるので、建物や構築物の敷地として賃貸されている土地については、課税価格を200㎡まで50%減額できる特例があるのです」

「ふうん、青空駐車場とアスファルトをひいた駐車場とそんなに違いますかね」Eさんの長男は不思議そうに首を傾げます。

「まあ、そういうことになっているので」税理士はちょっと困った顔をしています。

「アスファルトをひく費用ってどのくらいでしょうか」

「そうですね。業者によっても違いますが、85坪もありますから、150万円くらいはかかるかもしれません。10年償却です」

「ざっと考えると、相続税の減額が307万円、アスファルトの費用が150万円、差引157万円得になるわけですね」

「そうです。相続開始時点でアスファルトの未償却残高があれば相続財産として申告しますが、アスファルトの費用150万円は手持ちの現金が150万円減るので、敷設後すぐに相続が開始しても相続財産の総額には影響しません。差引157万円得になります」

「自分でアスファルトをひかないで、たとえばコインパーキングを経営している会社に一括して賃貸する場合はどうですか。自分でアスファルトを持っていないと貸付事業用宅地等の特例を受けられないのでしょうか」

「いえ、賃貸土地の上にある建物や構築物は他人の物でもかまいません。要は、賃貸している土地の上に建物や構築物があれば、小規模宅地等の計算の特例は適用できるのです」

「駐車場用地として需要がある土地ならばコインパーキングとして一括貸する選択肢もあるわけか」


■賃貸事業用宅地等は最高200㎡まで課税価格を50%減額する特例があります。

拡大図はこちら


(注)ただし、他の小規模宅地等の特例を適用する場合は、次の算式による面積が限度となります。

「そうですか。最後に、ちょっと気にかかっていることをお尋ねしてもいいですか」

「はい、なんでしょうか」

「よく新聞や雑誌に小規模宅地等の特例というのは『評価額を減額する』と書いてあるのを目にしますが、先ほどからの説明を伺っていると『課税価格を減額する』とおっしゃる。どこが違うのですか」

「はい」税理士はにっこり笑って答えました。

「税法を正しく理解しているかどうかの違いです。小規模宅地等の特例というのは、対象となる宅地の評価額を減額するものではありません。たとえば330㎡で相続税の評価額が5,000万円の自宅の敷地があったとします。特定の親族が相続又は遺贈により取得すると税金の対象となる価格(課税価格)を80%減額して1,000万円だけを課税対象とすることができます。ただし、5,000万円という評価額が変わるわけではありません。評価額はあくまでも5,000万円のままです」

「なるほど、そういうことなのですか。そういう根本的なことを理解している税理士がいいですね」

Q
開業医の相続対策について教えてください。
A

 開業医の相続対策についてはいくつかポイントがあります。ドクターDのケースをみてみましょう。


(1) 相続税対策の相談

 ドクターDは、88歳になります。いたって元気ですが、歳も歳です。テレビや新聞で相続税の増税の話題が流れるので、今更ながら、相続税のことが心配になりました。でも、心配になったのはほんのちょっとです。いままで、相続税のことが話題になると、「その税金はわしが払うわけじゃないからな」と笑い飛ばしていたのです。


(2) まず、財産明細表を作る

 ドクターDは、開業医として過ごした時期が良かったのか、一代で蓄積した財産はざっと8億2,400万円あります。内訳は、預貯金が4億円、上場株式が2億円、不動産が2億2,400万円です。不動産は約220坪(約730㎡)の土地です。地上には自宅と診療所が建っています。

 ドクターDの財産明細表は次のとおりです。


■ドクターDの財産明細表

 三井住友トラスト不動産の無料税務相談を申し込み、ベテランの税理士に相続税の試算をしてもらったところ、このまま相続が開始すると、三人の息子は2億6,800万円ほどの相続税を負担することになることが分かりました。

 遺産8億2,400万円に対し、想定される相続税は約2億6,800万円だというのです。


(3) 超富裕層ほど贈与が有効

 思わず、ドクターDは生真面目そうな税理士に向かってつぶやきました。

「ふむ、息子三人以外にオクニサンという相続人がいるようなもんじゃのう」

税理士は、思わず相好を崩しましたが、また謹厳な顔に戻りこういいました。

「まあ、そんなものですね。ただ、ここで重要なのは、相続税の『限界税率』というものです。相続税は遺産を法定相続分で割った額に対し累進課税が行われます(相続税の速算表参照)。法定相続人が3人の場合、8億円のうち上澄みの3億円について課税される税率は43%弱です。これを限界税率といいます。(ここでは便宜上、葬式費用や債務を無視して考えています。)」

「で、それを使って何をするのかね」

「先生のように遺産が多額で相続税の負担が大きい方は、相続税対策として、贈与が効果的なのです」

「ほお、贈与税は相続税の補完税といって、贈与をすると相続よりも高率な税金を取られると思っていたのだが間違いだったのかな」

「ええ、一般的にはそういいますが、相続税の基礎控除が40%引き下げられた見返りといいますか、20歳以上の子どもや孫に対する贈与税の税率が平成27年から一部引き下げられたのです」

「ほう、それがどんな影響を」

「毎年、20歳以上の息子さんに一人当たり1,000万円贈与すると(新しい税率表で計算した)贈与税は、177万円(贈与税の実効税率は17.7%)です。10年間、毎年1,000万円贈与すると合計1億円の贈与に対し、支払う贈与税は1,770万円です。相続で息子さんが負担される相続税は遺産1億円に対し43%弱の4,293万円です」

「え?! 毎年1,000万円ずつ、10年間で贈与すると、相続税より1人当たり約2,500万円お得というわけか!(注)」

「そ、それ以外に何か方法はあるかね。仕事している場合じゃないな。これは!」

(注)ここでは、相続開始前3年以内の贈与加算は考慮していません。


■20歳以上の直系卑属(子・孫・曾孫等)への贈与金額と実効税率表

拡大図はこちら


(注)「④税額」欄は四捨五入しています。


■20歳以上の直系卑属への贈与税速算表


(4) 決め手は、自宅と診療所の小規模宅地等の課税価格の特例

「重要なことがあります。それは、ご自宅と診療所の敷地の課税価格を引き下げる特例(小規模宅地等の課税価格の計算の特例)を上手に使うことです」

「え!? 上手に使うって?」

「ご自宅の土地と診療所の敷地の相続税評価額は合わせて2億2,000万円です。これを(今から手を尽くせば)相続税の計算上1億7,600万円引き下げる方法があるのです」

「君、課税価格が1億7,600万円も下がると、相続税はどれだけ少なくなるのだ」

「7,900万円も少なくなります」


(5) 地価の高い土地で商売をしていたり自宅があったりすると、改正後の方が相続税は少なくなることがある

■ドクターDの家族構成

 ドクターDの家族構成は次のとおりです。長男(62)は弁護士です。次男(61)は、サラリーマンでしたが昨年定年退職して現在無職です。三男(58)は勤務医です。いずれも自宅を所有しています。三男の子ども(24)は医大生です。

 ドクターDは、8億2,400万円も財産を持っている超富裕層です。そのうち自宅と診療所の土地建物の相続税評価額の合計は2億2,400万円です。平成27年1月1日以降に相続税が増税され、基礎控除は下がり、相続税の税率も一部引き上げられたというのに、ドクターDが相談したベテランの税理士は、「今から準備して適切な手を打てば、あなたのような資産家は、改正後の税制の方がかえって相続税が下がりますよ」というのです。

 なぜでしょう。

 その理由は、ドクターDの資産構成にあります。彼は地価の高い都市部に合計730㎡もの土地を所有し、かつ、実に都合の良いことに事業の用(診療所)に使っている土地が400㎡、自宅の敷地が330㎡あるのです。

 自宅の敷地は、ドクターDが亡くなると「特定の相続人が相続又は遺贈により取得する」ことにより最高330㎡まで課税価格が80%減額されます。

 特定の人というのは、法令の規定では、まず、配偶者又は同居の親族ですが、ドクターDは妻に先立たれているので独り暮らしです。配偶者も同居の親族もいない状態です。その場合は、別居している親族のうち「相続開始前3年以内に自己又は自己の配偶者の所有する家に住んでいない親族」が取得すると特例を使うことができると法律は規定しています。

 ドクターDには三人の子どもがいます。自宅を所有していないのは次男です。次男に自宅の敷地を相続させると特定居住用宅地等の小規模宅地等の課税価格の計算特例を使えるのです。

 特定の人に特定の財産を相続させる方法に遺言があります。

「『次男に自宅を相続させる』と遺言に書くわけか・・・。でもね。次男坊は風来坊だから不動産などいらないというだろうな」

「では、ご長男のところの孫に譲るというのはいかがですか」

「え? 子どもを差し置いて、孫に譲る手があるのかね」

「ええ、『自宅の敷地を孫1に遺贈する』と遺言にしたためると、孫1に取得させることができます」

「孫2でもいいかね」

「ええ、孫1、2、3の三人に各1/3ずつ遺贈するということもできます」

「一つの土地を三人に遺贈するとややこしくならんかね」

「そうです。一人に絞るのが賢明です」

「うん。では、まず自宅の敷地を孫1に遺贈するという遺言を作ることにしよう」

「お孫さんが受遺者になると、お子さんが相続する場合に比べ相続税は2割増しになりますが」

「そうか。でも課税価格が80%も下がるなら、それでもだいぶ節税になるからいいとしよう。で、診療所はどうしたらよいのかな」

 ドクターDが亡くなると、診療所はどうなるでしょうか。地域医療を考えると、適当な人に診療所を継いでもらえればいいのですが、診療所の土地に多額の相続税が課税されると、今の場所で診療所を維持することはできなくなります。

 亡くなった人が商売に使っていた土地や借地権は、事業を継ぐ人にとっても大切な商売道具です。商売道具に多額の相続税を課税されては事業を継いでいくことができません。そこで相続税法は(厳密には租税特別措置法という法律ですが)、亡くなった人の商売(事業)を継ぐ人(被相続人の親族でなければなりません)が、商売に使っていた土地を相続又は遺贈で取得するならば、最大400㎡まで課税価格を80%減額することにしているのです。

 特例を使える人とは、ドクターDの親族のうち診療所を継いでくれる人(親族)です。

「うーん、難しいな」ドクターDは、そういって腕組みをしてしまいました。ドクターDの子どものうち医師免許を持っているのは三男ただ一人です。彼が勤めを辞めて診療所を継いでくれるといいのですが、彼は麻酔医なのです。

「うーん」ふたたびドクターDは悩ましい声を発しました。

 孫のうち一人は医大生です。

「あいつが開業できるようになるまで引退するわけにはいかないのかな」

「方法が無いわけではありません。特定事業用宅地等の特例には、同居の親族が行っている事業用の宅地等についても80%減額する規定があります」

「それは、どういうことかな」

「三男先生に戻ってきてもらい、三男先生のペインクリニックとして営業を開始すると先生は引退しても、診療所の敷地を80%減額する方法があるのです」

「ほう、わしが引退して、三男がこの診療所の建物でペインクリニックを開設するだけではダメなのか」

「ええ、80%減額特例を受けるためには、三男先生が先生と同居することが必要なのです」

「ふむ、あいつの家族と同居するといくら税金が減るのかな」

「実効税率が32.5%なら、おおよそ3,000万円です」

「なるほど、いまの自宅の改築費が出るわけか」

「え? いえ、まあ...」

 診療所のような有資格者でなければ営めない事業を承継するのはなかなか難しいようですが、お蕎麦屋さんや八百屋さんなど、都市部の商店の事業承継には特定事業用宅地等の小規模宅地等の計算特例を使えるようにするのと、無防備に相続の時を迎えるのでは、事業を承継する相続人の負担が大きく異なります。特に、店舗や事務所の敷地を引退した人が所有し、生計別の相続人がそこで商売を営んでいる場合には、なんらかの対策を打つ必要があります。

 時間をかければ同居する以外にも対策があるかもしれません。地価の高い土地で商売を営んでいる人は、なるべく早めに相続税に詳しいベテランの税理士に相談することが重要です。

所得税の速算表
相続税の速算表 平成27 年1月1日以後相続開始
贈与税の速算表

● 特例財産用は、直系尊属(祖父母や父母など)から、贈与を受けた年の1月1日現在で20 歳以上の直系卑属(子・孫など)への贈与税の計算に使用します。

(注) 妻が夫の父から受けた贈与等は、直系ですが姻族からの贈与ですから一般財産用を使用します。特例財産用は使用できません。

贈与税実効税率表
相続税額早見表