

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
古家付き土地売買と消費者契約法
Q
私は、株式会社X(以下「当社」といいます)の代表取締役です。
当社は、資金繰りを改善するため、5年前まで従業員の社宅として使用していた築80年の一軒家(以下「本件建物」といいます)とその土地(以下「本件土地」といい、本件建物と併せて「本件不動産」といいます)を売却することにしました。
当社が売却の仲介を依頼した不動産会社(以下「仲介業者」といいます)によれば、本件建物は、そのままで住むことはできないほど屋根や床の劣化が激しく、利用価値が無いため、取壊しが妥当とのことでした。もっとも、建物の取壊しには少なくない費用を要するため、当社にとっては負担となります。
そこで、当社は、仲介業者からのアドバイスに従い、本件不動産をそのまま「古家付き土地」として、本件建物の価格を0円、本件土地のみの価格で売却し、買主において本件建物を取り壊してもらうことにしました。
仲介業者さんに売却先を探してもらったところ、自宅を建築するための土地を探していた個人の方(以下「買主」といいます)が本件不動産を購入してくれることになりました。
当社は、現在、仲介業者を通じて、買主との間で、売却条件を協議しているところです。本件建物は前述のとおり劣化が激しく、また買主において取壊しを予定しているため、当社としては、本件建物の契約不適合責任を免責にしてもらう特約を設けてもらうつもりですが、これは可能でしょうか。
この特約を設けることができない場合、当社はどのようなリスクを踏まえて買主と協議すべきでしょうか。
A
1 問題点
ご相談者様が買主の方と締結する予定の売買契約(以下「本件売買契約」といいます)は、「事業者」であるX社と、「消費者」である買主との売買契約であるため、消費者契約法上、契約不適合責任を免責とする特約は無効であり、設けることができないと解されます。詳しくは本コラム2020年4月号「契約不適合責任を制限する不動産売買契約の注意点」、2025年3月号「建物を法人、土地を個人で所有している戸建付き土地の売買の契約不適合責任の免責特約」をご覧ください。
もっとも、本件建物は、買主において取壊しが予定されているため、何らかの不具合が発見されたとしても、建物を使用するつもりのない買主にとっては不利益とならないように思われます。
そのため、本件不動産のうち本件建物に関しては、消費者契約法を踏まえても契約不適合責任免責特約を設けることができるのではないかという点がここでの問題です。
2 契約不適合責任免責特約を設けることの可否
たしかに、「古家」は利用価値が無く、取壊しが予定されており、また価格が0円であるため、本件売買契約の目的物が、実質的には本件土地のみと整理することもできそうです。法的には、「古家」が本件売買契約と不可分一体で買主に贈与されたとの整理です。
契約不適合責任は、売買契約などの有償契約に基づき「引き渡された目的物」が契約の内容に適合しないものであるときに生ずる責任ですので(民法第566条参照)、「古家」が売買契約の目的物にならないのであれば、消費者契約法にかかわらず、「古家」に関し契約不適合責任が生じる余地が無いと考えられます。
これによれば、本件建物の契約不適合責任免責特約を設けることには問題がないといえます。
古いものですが、ご相談のような事例で、売買契約の目的物が実質的には土地のみとの整理の仕方があり得ることを指摘した文献もございます(遠藤憲治 清水紀代志 前田恵三.民事弁護と裁判実務2 不動産取引.株式会社ぎょうせい,1997年,p99以下)。
しかしながら、「古家付き土地」の売買では、一般的には売買契約書が1つ作成されるのみであって、「古家」の贈与契約書が作成されるものではありません。そのため上記のように売買と贈与の2本の契約が存するとの整理には疑問が残ります。
実質的にも、「古家」からアスベストが発見された場合など、想定を大きく上回る取壊費用が生じた場合には、売主に契約不適合責任を追及できる余地を残すべきことから、「古家」を一律に売買契約の目的物ではないと判断すべきではなく、契約不適合責任が生じ得ることを前提に、個々の不具合等が契約に適合しないか否かを検討すべきであるように思われます。
そのため、本件建物は本件売買契約の目的物でないと言い切ることは困難であると考えます。
以上の検討によれば、実務上は、消費者契約法違反のリスクを避けるため、本件建物が本件売買契約の目的物であって、消費者契約法により契約不適合責任免責特約を設けることができないことを前提に売買を進めざるを得ないと考えます。
3 ご相談者様の責任
前記2のとおり、本件売買契約においては、本件建物の契約不適合責任免責特約を設けることができないとして進めざるを得ないため、ご相談者様は本件建物に契約不適合が存する場合にはこの責任を負います。
もっとも、契約不適合責任とは、「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」に関する責任のため(民法第566条参照)、取壊し前提の本件建物の不具合が「契約の内容に適合しないもの」に該当するケースは限定的と考えられます。例えば、本件建物の窓や扉は、買主が建物の使用を予定して購入しているものではないため、本件売買契約において一定以上の品質が予定されていたとはいえないと考えられます。そのため、これらに破損等が発見されたとしても「契約の内容に適合しないもの」と言えず、ご相談者様が契約不適合責任を負うものではないでしょう。
ご相談者様が本件建物に関する契約不適合責任を負うケースとしては、前記2のとおり、アスベストが発見された場合など、想定を大きく上回る取壊費用が生じた場合など、取壊しとの関係で問題となるものにおよそ限られるのではないでしょうか。
ご相談者様としては、このようなリスクを踏まえて、本件売買契約の協議を進めることになろうと存じます。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。






