町田センターのブログ

地域の情報・出来事 

地域の情報・出来事
小田急の歴史 【20丁目】
2018/06/08
こんにちは!


町田センターの「せんとくん」こと有言実行する新人の菊地です!


今回は小田急線の歴史について少し書かせていただきます。


小田急は元々東京高速鉄道という、東京に地下鉄を建設する目的で作られた会社が、大正11年に、新宿~小田原間の免許を取得し、10年に社名を小田原急行鉄道と改めたことが起源です。


また、弊社のセンターもある相模大野駅は当初駅ではなく信号所でした。


その後、駅に昇格して通信学校という名前になり、昭和16年に相模大野駅となりました。
 

昭和15年に帝都電鉄(現 京王井の頭線)と合併し、昭和16年には社名を小田急電鉄と改名しましたが、昭和17年に東京横浜電鉄(まもなく東京急行電鉄に改名)に合併されました。


このころは「大東急時代」と呼ばれ、東急グループの創始者である五島慶太さんによって、小田急のほかに京浜電鉄や京王電気軌道、神中鉄道(現 相鉄)、相模鉄道(現JR相模線)、江ノ島電気鉄道、そして箱根登山鉄道や静岡鉄道までも系列下に置かれました。


小田原線は「東急小田原線」、江ノ島線は「東急江ノ島線」となった。


大東急は、昭和23年にそれぞれの私鉄に分離独立して終わりましたが、旧帝都電鉄は旧京王電軌とあわせて京王帝都電鉄となり、小田急は旧小田原急行鉄道区間だけとなりました。


しばらくして昭和25年に、箱根登山鉄道の箱根湯本まで特急、急行が乗り入れ、26年には「ロマンスカー」が登場し、一躍有名になりました。


同じく30年には国鉄御殿場線に特別準急の気動車が乗り入れ、32年にSE車(Super Express)が登場、40年には江ノ島線にも特急「えのしま」が走るように。 


その後数年の間に、新宿~小田原間ノンストップ特急を「はこね」とし、向ヶ丘遊園や本厚木、新松田などに停まる「さがみ」や「あしがら」が登場、さらに国鉄御殿場線直通の特別準急は「あさぎり」となりました。 


SE車は華麗な流線形で、東海道線のテストコースで、狭軌の鉄道としては当時世界最高速の時速145キロを出しました。


昭和47年までには、それまで走っていた通勤急行、通勤準急、快速準急などが廃止され、今の特急、急行、準急、各停の4種となりました。


そして平成11年7月17日には3100系が廃止され(EXEに置き換え)、愛称も「サポート」、「はこね」、「スーパーはこね」、「えのしま」、「あさぎり」と、ラッシュ時に運転される「ホームウェイ」となりました(「さがみ」、「あしがら」は廃止)


このように私たちが普段何気なく乗っている電車にも、長い歴史があるんですね!


これからも不動産の知識はもちろん、幅広く知識を吸収していきたいです!


精進します!
三井住友トラスト不動産町田センターでは、 町田市全域から、町田駅を中心とした小田急線沿線と横浜線沿線の物件を数多く取り揃えております。このエリアでのご売却・ご購入のご相談は町田センターまでお気軽にお寄せください。
  • ご売却相談
  • ご購入相談
  • この店舗へのお問い合わせ