

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
成年後見人による不動産売却 ー「戻らない自宅」を売ってよいかー
Q
私は、90代の親の成年後見人を務めています。親は、認知症の進行により数年前から介護施設で安定した生活を送っています。医師の見立てでは、親が在宅復帰できる可能性は低いとのことです。
親は都心に自宅不動産を所有しています。建物の築年数は経過しているものの、立地が良く、不動産市況の良い現時点であれば高値で売却できる見込みです。また、親には十分な預貯金があり、当面の施設費用や生活費に困る見込みはありません。
私は、「親が自宅不動産に将来戻る可能性が低く、自宅不動産を高値で売却できる今のうちに売却し、終活の一環として財産を整理することが本人のためではないか」と考えます。成年後見人が成年被後見人所有の居住用不動産を売却するには裁判所の許可が必要とのことですが、親の自宅不動産を売却することはできるでしょうか。
A
1 問題の所在
自分で所有する自宅の売買を検討する場合、「戻らない可能性が高い」「今が売り時」「将来のための整理」という事情がそろえば、自宅を売却するとの判断は合理的でしょう。
しかし、成年後見制度の下において、成年後見人が成年被後見人の自宅の売却を検討する際には、こうした一般的な合理性だけでは判断できないことになっています。
問題は、「本人が経済的に困っていないにもかかわらず、住まいを処分してよいのか」という点にあります。
2 「居住用不動産」とは何か――今住んでいなくても該当する
成年後見人が成年被後見人所有の居住用不動産を売却するには裁判所の許可が必要とされています。これは、居住環境が本人の精神状況に大きな影響を与えることから、居住環境の変更を伴う居住用不動産の処分には、後見人の判断に加え、慎重を期すために成年後見人の監督機関である裁判所の審査を必要としたものです。
ここでいう居住用不動産とは、単に現在居住している不動産を指すものではありません。成年後見実務では、居住用不動産の該当性判断に当たり、本人が長年生活の本拠としてきた住居であり、生活史や心理的基盤と結びついた不動産かどうかが重視されます。施設に入所してから相当期間が経過していても、その居住用不動産としての性質が直ちに失われるわけではありません。過去に居住していれば、戻る可能性が現実的に極めて低くても、本人の心情的に戻る可能性があれば、裁判所の許可を要するとの運用がされています。
近時は最期を自宅で迎えたいという人が増えており、現にそうしているケースが増えていることも、上記運用の背景にあるでしょう。
3 売却の必要性は「お金が足りない」場合に限られない
成年被後見人の居住用不動産の売却は、「売却の必要性」と「売却内容(売却条件等)の相当性」がある場合に許可されます。
「売却の必要性」が認められる典型的な場合は、預貯金が不足し、生活費や療養費等を確保するために売却せざるを得ないような場合です。
しかし、本件のように、成年被後見人に資金的余裕がある場合には、売却の必要性は一段と慎重に検討されます。「今が高く売れる」「将来価値が下がる」「空き家管理が大変」といった事情は、経済的には合理的ですが、それだけでは決定的要素になりません。裁判所が重視するのは、売却しないことで本人の生活や心身に具体的な不利益が生じるのかという点です。
4 なぜ「価格下落リスク」は重視されにくいのか
一般の不動産取引では、「今売らなければ損をする」という発想が合理的です。
しかし、成年後見実務では、不動産価格の将来的な下落リスクは、本人の日常生活に直結するリスクとは評価されにくいのが実情です。
成年後見人は、成年被後見人の資産運用者ではなく、本人の生活と療養を安定的に支える立場にあります。そのため、「最も有利なタイミングで売却する」という投資的判断は、成年後見人の職務の中心とされていません。言い換えれば、「売らなくても本人が困らないのであれば、住まいを失わせる理由にはなりにくい」というのが成年後見実務の基本姿勢です。
5 空き家問題と成年後見 ―社会的合理性との距離―
空き家の増加は社会問題として広く認識されていますが、成年後見制度は社会全体の合理化を目的とする制度ではありません。
たとえ空き家管理が大変であっても、それが直ちに本人の不利益に結びつかない限り、「売却の必要性」としては弱く評価されます。また、「管理が大変」という事情は、後見人側の負担に近いと受け取られることもあり、売却理由として前面に出しすぎると説得力を欠く場合があります。
6 終活としての売却と、本人の心身への影響
終活としての財産整理は、本人がその意味を理解し選択している場合には有意義です。しかし、意思確認が困難な場合、後見人が「合理的」と考えることが、そのまま本人の最善利益になるとは限りません。
住まいは単なる資産ではなく、本人の記憶や安心感と結びついた存在です。売却によって生活環境が変わらなくても、「帰る場所がなくなる」という心理的影響が生じる可能性は否定できません。実務では、こうした点も踏まえ、本人の心身への影響が慎重に検討されます。
7 最後に ―合理的でも「必要」とは限らないー
成年後見人による居住用不動産の売却は、「今売るのが合理的か」という問いからは判断されません。たとえ戻る可能性が低く、売却環境が良好であっても、それだけでは足りず、「本人の人生にとって自宅を売却することが本当に必要か」が問われます。
一般の感覚から見ると過剰に慎重に思えるこの判断枠組みこそが、成年後見制度が財産管理だけではなく、本人の生活と尊厳を守る制度であることの表れだと言えるでしょう。
この記事を読んだあなたにおすすめの記事
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。






