

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
建替えが予定されている収益物件(区分マンション)の売却
【Q】
私は、長年勤めた会社を退職した際、退職金等を原資に、毎月の定期収入を得るなどの目的でマンションの1室を購入し、第三者に賃貸しています。ただ、私は後期高齢者となり、終活における資産整理の一環として、本マンションの売却を検討しています。
本マンションは、築30年以上が経過し、耐震性能不足や外壁の剥離等はないものの、設備の老朽化や共用部分が時代に適合していないことなどから、建替えが協議されており、近い将来、建替え決議がされる見込みです。
建替えにあたり賃借人に退去してもらう必要があるため、賃借人に退去を要請しましたが、賃借人は退去に消極的です。賃貸借契約を解約するには正当事由が必要とのことですが(空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(1))、本マンションに耐震性能不足等はなく、ここに記載された正当事由を満たさないようです。
このままでは事実上建替えができず、他の区分所有者に迷惑をかけてしまいます。また、事実上建替えができなくなっているマンションは、売却しようにも安値でしか売却できないかもしれません。どうしたらよいでしょうか。
【A】
1 何が問題か
現行区分所有法においては、建替え決議があったとしても、それは専有部分の賃貸借には何らの影響も及ぼさず、賃貸借関係が当然に終了するわけではないと解されてきました。そのため、賃借人が合意解除に応じるか、更新拒絶・解約申入れの正当事由が認められない限り、賃貸借関係を終了させることができません(借地借家法第28条)。この正当事由の存否は建替え決議が成立していてもケースバイケースで判断されるため、賃貸借関係の終了は必ずしも保証されません。
賃貸借関係が終了していないにもかかわらず建替え決議に基づいて建替えを行おうとすると、専有部分の賃借人は建物賃借権に基づいて建替え工事の差止めを請求することができると解されます(民法第605条の4)。その結果、建替えを実施することができないことになります。
現行区分所有法においては賃借権関係を当然に終了させることができないため、賃借人が退去に応じないと主張すれば、その納得が得られる額の金銭(これには、基準もなければ上限もありません。)を支払わない限り事実上建替えができないことになります。
2 賃貸借の終了請求
上記の問題に対応するため、2026年4月1日に施行される改正区分所有法では以下の制度が新設されました。
① 建替え決議があったときは、賃貸されている専有部分の区分所有者は、当該専有部分の賃借人に対し、賃貸借の終了を請求することができる(改正区分所有法64条の2第1項)。
② 前項の規定による請求があったときは、当該専有部分の賃貸借は、その請求があつた日から6か月を経過することによって終了する(改正区分所有法64条の2第2項)。
このように、建替え決議があったときは、専有部分の賃借人に対し賃貸借の終了を請求することができ、6か月の経過をもって賃貸借が終了することになりましたので、賃貸借が終了しないことにより事実上建替えができない問題は解消されました。
3 補償金の支払い
とはいえ、区分所有建物の専有部分は、独立して住居や店舗等の建物としての用途に供することができるものであり、その賃借人は居住や営業活動のためにこれを現に使用し収益しています。現行法制は、こうした専有部分の賃貸借にも借地借家法の規律を適用して賃借人の利益を保護しており、区分所有建物について建替え決議があったとしても、その賃借権を消滅させることについては賃借人の利益に留意する必要があります。
そこで、改正区分所有法は、建替え決議が成立したとしても賃借権が当然に消滅するわけではないという理解を前提としつつ、建替え決議が成立したときは正当な補償(賃貸借の終了により通常生ずる損失の補償金の支払い)のもとに賃借権を消滅させることができることとしました(改正区分所有法64条の2第3項)。この「賃貸借の終了により通常生ずる損失の補償金」は、公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日用地対策連絡会決定)(いわゆる用対連基準)における借家人等が受ける補償(いわゆる通損補償)と同水準とすることを想定されていますが(用対連基準については、空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(2))、公共用地の取得の場合との異同を踏まえた上で、適切な額が算定されることになると考えられると説明されています(区分所有法制の見直しに関する要綱案)。このように、一定の基準を定め、その額を支払えば、賃借人の納得が必ずしも得られなくても、明渡しを受けて建替えを行うことを可能となりました。
ただ、補償金の額について合意できなかった場合、補償金額の相当性について認定するための手続は新たに創設されていないため(マンション建替円滑化法においては、いわゆる特定要除却要件を満たす客観的事由の存否につき、特定行政庁が認定する仕組みがあります。)、裁判により解決せざるを得ません。賃借人の利益の保護の観点から、専有部分の賃借人は、賃貸借が終了したときであっても、補償金の提供を受けるまでは、当該専有部分の明渡しを拒むことができることになっています(改正区分所有法64条の2第5項)。そのため、補償金の額につき裁判で解決するまで事実上建替えができないという課題は残ります。
4 最後に
以上のとおり、建替え決議が成立したときは、用対連基準に基づく補償をすれば賃貸借関係を終了させることができるようになりましたが、補償金の額について合意できなかった場合は裁判により解決するまで事実上建替えができないという課題が残っています。
また、改正区分所有法が適用される建替え決議は、改正区分所有法施行後に招集された集会によるものであることに留意する必要があります(附則2条2項)。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。






