

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
人が亡くなった建物を売却する際の注意点⑵
【Q】
貴社の2021年7月号コラム「人が亡くなった建物を売却する際の注意点~国土交通省によるガイドライン(案)の公表を受けて」を先日見て、こうしたガイドラインが存することを初めて知りましたが、このガイドラインは「案」から正式なガイドラインとして策定されたのでしょうか。
また、その場合、過去に建物で自殺が発生していた場合に、建物の売主がこれを買主に説明しなければならないかについて、改めて考え方を教えてください。
【A】
1 心理的瑕疵ガイドライン
2021年7月号コラム「人が亡くなった建物を売却する際の注意点~国土交通省によるガイドライン(案)の公表を受けて」(以下「2021年7月号コラム」といいます)でも説明いたしましたとおり、売主は、売買契約の対象となる不動産(以下「売買対象物件」といいます)において、過去に人の死が生じていた場合、これについての告知義務を負うことがあります。
この告知義務の有無に関しては、国土交通省が策定した「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン」(以下「心理的瑕疵ガイドライン」といいます)において基準が示されています。なお、心理的瑕疵ガイドラインは、直接的には宅地建物取引業者を対象としていますが、売主及び買主の立場からも参考になります。この点の詳細は2021年7月号コラムをご参照ください。
心理的瑕疵ガイドラインは、2021年7月号コラムを掲載した時点では草案段階でしたが、その後2021年10月に正式に策定されました。
2 自殺、事故死に関するガイドラインの基準
売買対象物件で、過去に他殺、自殺及び事故死(日常生活中の不慮の事故は除きます)が生じた場合の告知義務に関し、草案段階の心理的瑕疵ガイドラインでは、これらは契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性があるため、事案の発生時期、場所及び死因(不明である場合にはその旨)について、「原則として」、買主又は借主に対する告知義務があると記載されていました。
これに対し、正式に策定された心理的瑕疵ガイドラインでは、このような場合の告知義務に関し、「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合」は、買主・借主に対してこれを告げなければならないとの表現に修正されています。
この理由については、おそらく、パブリックコメントにおいて、草案段階の心理的瑕疵ガイドラインの表現では、自殺による場合に永遠に告知義務が生じると誤解されかねないなどの指摘がなされたためと思われます。
もっとも、どのような場合に取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと解され、これを告げなければならないかについては明確にされておらず、引き続き個別事案ごとの判断に委ねられる形となりました。
3 裁判例の傾向
そこで、「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合」がどのような場合かを、裁判例の傾向を踏まえながら検討いたします。
裁判例では、通常一般人が買主の立場に置かれたときに、その事由があれば「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性があると判断される程度に至った場合には心理的瑕疵に該当すると判断した例(大阪高判昭和37年6月21日)が存することを背景に、これに該当する場合には告知義務が生じるとの枠組みで検討していると解されるものが複数存します。そのため、このような場合には「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合」にも該当すると考えられます。
裁判例の結論の方向性を一概に説明することは困難です。もっとも、建物内での自殺等から四半世紀近くが過ぎ、建物がその約1年後に取り壊され、売買当時は更地となっていたにも関わらず、建物内での自殺の事実が近隣住民の記憶に残っている状況であること等を指摘して告知義務を認めたもの(高松高判決平成26年 6月19日)が存するのに対し、他方で、建物内での火災事故(死亡事故)から17年以上が経過し、その建物が取り壊され、売買当時は駐車場として使用されていた事案で、建物で火災事故が発生し死者が出たという事実が売買当時においては、相当程度風化され希釈化されていたものであって、合理的にもはや一般人が忌避感を抱くであろうと考え得る程度のものではなかったなどと指摘して、告知義務を否定したもの(東京地判平成26年8月7日。ただし、この件は売主が事故を知らなかった事案)が存する点は、裁判所が、「住み心地のよさ」について、事故からの経過年数や建物の建替の有無等の客観的な指標のみに捉われることなく、踏み込んだ検討をしていることを示唆しています。
4 まとめ
以上を踏まえますと、過去に自殺及び事故死(日常生活中の不慮の事故は除く)が生じていた場合、これについての告知義務を負うか否かについては、その発生場所、経過年数、建物の建替の有無等に加え、事件性や重大性、地域性なども考慮して決定されるものと考えられます。
売買契約の売主が慎重な検討をすることなく安易にこの事実を秘匿することは、告知義務違反に該当するおそれが大きいと言わざるを得ません。
専門的な判断が難しい場合、自殺及び事故死(日常生活中の不慮の事故は除く)が生じた不動産については、草案段階の心理的瑕疵ガイドラインのとおり「原則として」これを告知しなければならないと考えておいた方が良いでしょう。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。






