土地の一部分の売買と分筆、移転登記請求
私は、隣地所有者との間で、隣地の一部分を通路用に購入する売買契約を締結したのですが、分筆や移転登記が未了です。隣地所有者に対して、購入した土地部分の分筆や移転登記を請求しようと考えているのですが、可能でしょうか。
1 土地の一部分を売買の目的とすることができるか
土地は物理的には果てしなく連続しています。そのような土地を個々人の所有権や取引の対象とするために、連続する土地を人為的に区画し、これに地番を付して、一筆ごとに土地登記簿において独立した土地としています。
また、物の所有権や取引を規律する法律である民法上の原則に一物一権主義という原則があります。これは、一個の物には一個の所有権しか成立せず、所有権の客体は独立した一個の物でなければならないという原則です。
現在の最高裁判所にあたる戦前の大審院の判例には、この一物一権主義を形式的に適用して、一筆の土地の一部は、たとえ事実上区分されていても、分筆の登記がなされない限り、その土地全体の構成部分に過ぎず独立の物ではないから、その部分について所有権は成立しないと判断したものもありました(大正3年12月11日判決)。
しかし、その後、大審院も考え方を改め、大正13年10月7日の連合部判決は次のように述べています。
「土地は、自然の状態においては一体ではあるが、所有者の行為により、互いに独立する数個の土地に区分して分割することもできるのであり、いかなる範囲の土地が各箇に分割されるかは所有者のなしたる区分の方法により定まることになる。したがって、所有者は、一筆である自己の所有地内に一線を画し、あるいは標識を設けるなどにより、任意に数個に分割し、その各箇を譲渡の目的となすことができるのであり、その数箇とするについては、特に土地台帳における登録その他の方法により公認される必要はない。ただ、不動産登記法においては、一筆の不動産を登記簿の一用紙に記載することを要するとしていることをもって、既に一筆として登記されている土地を数箇に分割して譲渡したる場合に、譲渡の登記をなすには、まず分筆の手続をなすことを要するといえども、契約の当事者間においては、それ以前に権利移転の効力が生じているというべきであり、土地台帳に一筆として登録された土地についても、登録の変更前に所有者はこれを数箇に分割して譲渡をすることを妨げるものではない。」
戦後の最高裁判所も同じ考えをとっており(昭和28年4月16日判決、昭和30年6月24日判決)、登記簿上一筆の土地として登記されている一部分を独立の所有権の目的とすることができ、分筆手続をする前に譲渡することも可能としています。
2 隣地の一部分についての移転登記請求
(1) 前述のように、一筆の土地の一部であったとしても売買により所有権を取得することは可能です。隣地の一部分を購入したのであれば、その部分について自らが所有権を取得したことを第三者に対抗するために所有権の移転登記を得ておきたいところです。買主は売主に対して、購入した土地部分の登記を移転するように請求しうるはずです。通常であれば、隣地所有者との間で売買契約が成立しているのですから、隣地所有者が売買の対象となった部分について分筆の登記をし、その後売買対象部分について保存登記や移転登記がなされることになります。
しかし、相続が生じたり、行方不明になったりなど隣地所有者の任意の協力が得られない状況となることもありえます。そのような場合、隣地の一部分を購入した者はどのような法的手続がとれるのでしょうか。
(2) 買主は売主に対し分筆を請求することはできるか。
そもそも、一筆の土地の一部分について所有権の移転登記をするためには、その部分をまず分筆することが必要です。買主は売主に対し、分筆登記を法的に請求することはできるのでしょうか。
分筆登記とは、一筆の土地を複数の土地に分割し、それぞれを登記簿に登録する手続のことをいいます。分筆登記は、土地に関する物理的状況を表示する表示の登記としてなされるものであり、権利を有しているからといって登記手続をせよという請求権には結びつかないと考えられています。不動産登記法39条1項も「分筆又は合筆の登記は、表題部所有者または所有権の登記名義人以外の者は、申請することができない。」と規定されており、仮に「土地の一部分を分筆せよ」との判決を買主が取得したとしても、その判決に基づいて分筆の申請をすることはできないと考えられています。
東京地方裁判所昭和31年3月22日判決は「一筆の土地の一部について土地の譲渡が行われた場合において、その部分について分筆登記の申請をなしうるのは、当該土地の登記簿上の所有名義人のみであって、・・・譲受人自身としては分筆に関する登記請求権を有するものではない。」としています。
横浜地方裁判所昭和40年4月15日判決も「分筆登記は、性質上物権変動につき第三者に対抗する効力を生じさせる通常の登記とは異り、これらの本来的意味における登記を可能ならしめるため、登記簿表示欄の記載を変更する純手続的なものにすぎない。従って、本来の登記が登記権利者と登記義務者との協同申請に基いてなされるのに反し、分筆登記は権利関係の変動に直接関係がないから、所有権の登記名義人の単独申請に基いてなされ、そこには登記権利者登記義務者の観念を容れる余地はない。よつて、かかる分筆登記に関する私法上、実体法上の登記請求権はないのであるから、不動産登記法第27条(旧法の条文)の判決による登記を許されないのであり、仮りに判決主文で分筆登記手続を命じても、その判決によって直ちに分筆登記をすることはできないわけである。」としています。
(3) 分筆登記請求権がなくとも土地の一部分の移転登記請求は認められる
しかし、一筆の土地の一部分といえどもその部分が具体的に特定しているのであれば、分筆登記が未了であったとしても、その部分の所有権の取得が認められるのであり、買主は売主に対して、その部分の所有権移転登記請求権を有することは当然と考えられています。したがって、買主は売主を被告として、購入した土地の部分について図面を付けて特定し、その部分の移転登記をせよとの訴訟を提起して、判決を得ることが可能です。そしてそのような判決を得た場合には、買主は、隣地の登記名義人である売主に代位して分筆登記をすることができるとされています。代位とは、民法423条が「債権者は、自己の債権を保全するため必要があるときは、債務者に属する権利を行使することができる。」と規定する債権者代位権に基づくものです。不動産登記令3条4号は、登記申請をする場合に登記所に提供しなければならない情報として「民法第423条・・・の規定により他人に代わって登記を申請するときは、申請人が代位者である旨、当該他人の氏名又は名称及び住所並びに代位原因」と規定しており、代位による登記申請が認められることを前提としています。
判決の主文には、特定された土地部分について所有権移転登記を命じる記載があれば、代位による分筆登記及び当該土地についての移転登記が認められることとなりますので、請求の趣旨に「・・・を分筆の上」と記載する必要はありません。逆にそのような記載は無意味であるとされています。
訴訟を提起するにあたっては、移転登記を求める土地の範囲を図面によって特定する必要があります。そして、分筆登記を申請する場合には、添付情報として分筆後の土地の地積測量図を提供しなければなりません。この地積測量図は、法令の定める方式に従って作成されたものでなければなりませんので、訴状や判決に添付する図面は、分筆登記の申請の際に添付する地積測量図と同じものとすべく、土地家屋調査士に作成してもらうべきです。
3 分筆登記の申請と分筆の対象となる土地の隣地所有者の承諾書の問題
実務では、土地の分筆登記を申請する際に、登記官より分筆する土地の隣地所有者の承諾書を求められることがあります。
土地の分筆登記は、一筆の土地を分割して数筆の土地とする登記ですので、分割される土地が存在し、かつ、当該土地の範囲が正確に把握されていることが必要です。即ち、分割される土地とその隣地との境界が明確でなければならないと解されています。したがって、分筆登記の申請に添付すべき地積測量図には、法令上様々な事項を盛り込むことが求められ、登記官は、申請情報及び添付情報である地積測量図と登記所備え付けの登記簿や地積測量図、地図、地図に準ずる図面等を調査して、分筆すべき土地の範囲が明確であるかを検討します。必要がある場合には、実地調査も行い、その結果境界が確認できないときには、分筆登記の申請が却下されることになります。
隣地との境界線は、所有者間の合意だけで決められるものではありませんが、隣地所有者の承諾書は分筆申請にかかる土地と隣地の境界の認定の一資料として位置づけられ、隣地所有者が承諾書を提出しないのは、境界に争いがあると捉えられる可能性もあります。実地調査を行って、境界標等により境界を明確にできればよいのですが、境界標もないような場合には、境界を明確にすることができず、分筆登記の申請を却下せざるを得ないことになります。
隣地所有者から承諾書をもらえなくとも、境界を明確にできるものとなると、究極的には隣地の所有者を被告とする境界確定訴訟の確定判決ということになります。しかしながら、一旦、土地の一部分の所有権移転登記を求める訴訟を提起し、判決を取得した後に、境界確定訴訟を提起しなければならないとなると、途方もない時間がかかることになりますし、一旦得た移転登記の判決が無駄となる可能性もあります。
仮に、土地の一部分の所有権移転登記を求める訴訟を提起せざるを得ない状況となったとしても、判決に基づき分筆登記が認められるのか、法務局や土地家屋調査士によく確認した上で手続をとることが必要です。
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