

不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
直接取引と媒介報酬
【Q】
私(宅建業者A)は、Bに対して戸建て住宅の売却情報を提供したところ、Bは同物件に興味を示して購入申込書を提出しました。私は、購入申込書を受領後、Bの紹介のもと金融機関の担当者との面談、売主との売買価格の減額交渉、媒介報酬の減額、売買契約書等の案文作成等、売買契約締結に向けた準備を進めていました。しかし、売買契約予定日の直前になり、Bは、売買価格が高すぎることを理由に本物件の購入意思を撤回したため、予定していた売買契約は行われませんでした。
しかし、その2か月後、Bは他の媒介業者を通じて本物件を購入していたことが発覚しました。私は、Bから媒介依頼を受け、売買契約締結に向けた準備をしてきたのであり、Bに対して媒介報酬を請求することはできないのでしょうか。
【回答】
あなた(A)とBとの取引経過において、①AB間の媒介契約の成立、②Aによる媒介行為、③BがAを故意に排除したこと、④BがAの紹介した相手方と売買契約を結んだことという事情が認められる場合には、Bが故意にAを排除する行為は、媒介行為に基づく売買契約の成立という停止条件の成就を故意に妨害したことに該当し、民法130条の規定に基づき、Aの媒介報酬請求権が認められる可能性があります。
1 媒介契約と媒介報酬権
(1)媒介契約とは、宅建業者が、委託者に対して、不動産売買の契約成立に向けてあっせん尽力することを受託する契約です。媒介契約は、諾成・不要式の契約とされており、当事者間の明示または黙示の意思表示の合致により成立し、媒介契約書の作成は成立要件ではありません。しかし、媒介契約の成否をめぐる紛争を防止するため、宅建業法は、宅建業者に対して、媒介契約を締結したときは、遅延なく所定事項を記載した媒介契約書を作成し、記名押印し依頼者に交付することを義務付けています(宅建業法34条の2)。
(2)媒介契約書には媒介業者に対する媒介報酬請求額が定められますが、媒介業者の媒介報酬権は、①媒介業者・委託者間の媒介契約の成立、②媒介行為の存在、③売買契約の成立、④媒介行為と売買契約成立に因果関係が存在することの4つの要件を満たす場合に発生し、媒介契約に基づく売買契約の成立を停止条件とする報酬請求権であると考えられています。
(3)本設例のように、AはBのために媒介行為に尽力したにもかかわらず、Aが売買契約には関与していない場合、前記要件④が欠けるため、AはBに対して媒介報酬を請求することができないとも考えられます。
しかし、媒介業者が委託者のために行った物件の情報提供、売主との価格交渉、金融機関担当者との面談、契約書の案文作成等の契約締結に向けた準備行為は、媒介行為の重要な要素であり、委託者が故意に媒介業者を排除して、売主と直接交渉や他の媒介業者を通じて売買契約を成立させることは、信義則に反する行為であると考えられます。
裁判実務では、①媒介業者・委託者間の媒介契約の成立、②媒介業者による媒介行為の存在、③委託者が媒介業者を故意に排除したこと、④委託者が媒介業者の紹介した相手方と売買契約を結んだことという事情が認められる場合に、委託者が故意に媒介業者を排除する行為は、媒介行為に基づく売買契約の成立という停止条件の成就を故意に妨害したことに該当し、民法130条の規定に基づき、停止条件が成就したものとみなして、媒介業者の報酬請求権を認める判断をしています(最高裁昭和45年10月22日判決)。
もっとも、媒介業者に帰責性がある等、委託者が媒介業者を排除して直接取引をすることに正当な理由がある場合には、不当に媒介業者を排除したことには該当せず、民法130条に基づく媒介業者による媒介報酬請求は認められないと考えられます。
2 裁判例
近年の裁判例(東京地方裁判所令和3年2月26日判決)においても、本設例と同様の事案において、(ア)媒介契約の成否について、媒介業者(原告)に媒介を依頼する文言及び媒介報酬額について記載された購入申込書を提出したこと、購入申込書提出後に原告が価格交渉等の売買契約成立に向けた調整を行っていることを挙げ、原告へ購入申込書を提出した時に媒介契約が成立したと認定し、(イ)条件成就の妨害行為の有無について、売買契約予定日が絞りこまれ、売買契約書等の案文が完成し売買契約締結の直前の段階であったと認められること、原告との媒介契約を中止する理由が見当たらないこと、新たな媒介行為による再検討がされたとの立証がないこと、近接した時期に本物件を購入していることから、被告(買主)は、原告の行った媒介行為を利用しつつ、原告には本物件の購入意思がなくなったように装って原告を排除して、本物件を購入したものと推認できるとして、民法130条に基づき停止条件が成就したものとして、原告による媒介報酬請求権を認める判断をしています。
3 まとめ
本件設例の様に、直接取引をした委託者に対する媒介報酬請求の可否が問題となるケースでは、媒介業者と委託者の間に媒介契約が成立していることが前提となります。売買取引の中には、売買契約書の調印と媒介契約書の調印を同日に行うことがあるため、売買契約の成立前には、媒介契約書への調印がなく、媒介契約の成否が曖昧なまま本設例のようなトラブルとなることがあります。媒介契約書への調印がない段階においても、媒介業者と委託者の間に媒介依頼の意思の合致があったと認められる場合には、媒介契約の成立が認められることもあるため、その後に新たな紹介を受けて同一物件の取引を行う場合や直接取引等を行う場合には注意が必要です。
この記事を読んだあなたにおすすめの記事







