

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
相続した土地に越境が見つかった場合の売却時の注意点
-長年続く境界塀の越境と取得時効-
設例
私は、半年前に親から相続により土地建物を取得し、これを売却しようと考えています。
売却に先立ち測量をしたところ、私の土地と隣地との間に設置されている境界塀の一部が、登記上の境界線を越えて隣地側に入り込んでいる可能性があることが分かりました。
私の土地を含む周辺一帯は、約50年前に建売住宅として分譲されたもので、親の代から境界塀の位置は変わっていないようです。親は、境界塀の内側を自分の敷地として使用してきました。
一方、隣地は5年前に第三者へ売却され、現在の隣地所有者に所有権移転登記がされています。買主候補者からは、隣地所有者との間で越境に関する覚書を締結してほしいと言われていますが、隣地所有者は協力的ではありません。
このような場合、長年現在の状態が続いていることを理由に、越境部分について取得時効を主張することはできるのでしょうか。
1 何が問題
本件では、まず、越境部分について取得時効が成立する可能性があるかが問題となります。
もっとも、仮に取得時効が成立し得るとしても、それだけで直ちに売却上の問題が解消するとは限りません。隣地は5年前に所有者が変わっており、現在の隣地所有者が登記を備えているため、売主が時効取得を登記なく主張できるかが問題となるからです。
また、本件では、売主が相続により土地建物を取得している点にも注意が必要です。売主本人が50年間占有していたわけではないとしても、被相続人である親の占有をどのように評価するかが問題となります。
2 土地の一部に取得時効は成立するか
取得時効とは、所有の意思をもって、平穏かつ公然と他人の物を一定期間占有した場合に、その物の所有権を取得できる制度です。
土地についても取得時効は成立し得ます。隣地との境界付近の一部について、長年、自己の土地の一部として使用していた場合にも、取得時効が問題となることがあります。
取得時効の期間は、原則として20年です。占有を始めた時に自己の所有であると信じ、かつ、そのことについて過失がなかった場合には、10年で取得時効が成立することもあります。
3 取得時効が成立しても登記が問題になる場合
取得時効が成立した場合、時効を援用することにより、占有者は所有権を取得したと主張できます。
しかし、不動産については、所有権を取得したとしても、登記を備えなければ第三者に対抗できない場面があります。
特に、取得時効が完成した後に、もとの所有者からその不動産を取得し、登記を備えた第三者が現れた場合には、時効取得者は、その第三者に対して登記なく所有権取得を主張できるかが問題となります。
判例上、このような時効完成後の第三者との関係では、原則として、時効取得者も登記を備えなければ、その所有権取得を対抗できないと考えられています。
本件では、仮に分譲時から20年経過した時点で取得時効が完成していたとすると、その後に隣地を取得した現在の隣地所有者は、時効完成後の第三者に当たる可能性があります。その場合、売主が登記なく当然に越境部分の所有権を主張できるとは限りません。
4 隣地の現在の所有者に対して主張できるか
登記を備えた第三者であれば、常に時効取得者に優先するわけではありません。
最高裁平成18年1月17日判決は、時効完成後に不動産を取得して登記を備えた者であっても、時効取得者が多年にわたり占有している事実を認識し、時効取得者に登記がないことを主張することが信義に反するといえる事情がある場合には、背信的悪意者に当たり得ると判断しています。
もっとも、背信的悪意者といえるかは、個別事情に左右されます。現在の隣地所有者が、境界塀の存在を知っていたというだけで直ちに背信的悪意者になるとは限りません。取得時に越境や長年の占有状況をどの程度認識していたか、登記がないことを主張することが信義に反するといえる事情があるかを具体的に検討する必要があります。
5 売却にあたって検討すべき対応
本件では、建売分譲から約50年が経過し、親の代から境界塀の位置が変わっていないという事情があります。そのため、親の占有を承継することにより、越境部分について取得時効を主張できる可能性はあります。
もっとも、売主は相続により土地建物を取得しているため、分譲当時の状況や親の利用状況を直接知っていないことも考えられます。したがって、分譲時の図面、測量図、建築関係資料、過去の写真、近隣住民の認識などを確認し、親の代からどの範囲をどのように使用していたかを整理することが重要です。
また、隣地は5年前に所有者が変わっているため、現在の隣地所有者に対し、登記なく時効取得を主張できるかは慎重に検討する必要があります。現在の隣地所有者が背信的悪意者に当たる可能性はありますが、その判断は容易ではありません。
したがって、売主としては、取得時効を主張できる可能性を検討しつつも、それだけで買主候補者に対する説明として十分とはいえない場合があります。可能であれば、隣地所有者との間で覚書を締結し、越境の事実、現状維持、将来建替え時の取扱い、第三者への承継などを明確にしておくことが望ましいといえます。
隣地所有者の協力が得られない場合には、取得時効の成否、裁判手続の当否、売買契約上の説明・特約、売買価格への影響などを踏まえ、売却の進め方を検討する必要があります。
6 まとめ
長年、境界塀の位置が変わらず、親の代から境界塀の内側を自己の敷地として使用してきた場合には、相続人である売主が、被相続人の占有を踏まえて取得時効を主張できる可能性があります。
しかし、取得時効が成立し得ることと、現在の隣地所有者や買主候補者に対して問題なく説明できることとは別です。特に、時効完成後に隣地所有者が変わっている場合には、取得時効と登記の関係が重要となります。
不動産売却にあたっては、取得時効の可能性だけに依拠するのではなく、資料を整理し、隣地所有者との覚書、登記上の整理、売買契約上の説明・特約などを含めて、実務上の対応を検討することが大切です。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。






