大正天皇は1926(大正15)年12月25日に崩御され、翌日、元号は昭和に改められた。1927(昭和2)年1月3日、官報号外で、横山村・浅川村・元八王子村(現・八王子市)にあった御料地の一部を「武蔵陵墓地」とすること、その中の横山村内に大正天皇の陵所を置くことが、翌日の官報号外で、同年2月7日に「新宿御苑」、翌8日に陵所で「大喪の儀」が行われることが告示された。陵墓が東京に置かれたのは初めてのことであった。写真は「東浅川仮停車場」停車中の霊柩列車の試運転の様子で、「大喪の儀」では、2月8日午前1時35分着という深夜に運行された。同日、陵名は「多摩陵(たまのみささぎ)」と告示されている。 MAP __(東浅川仮停車場跡)
1927(昭和2)年、大正天皇の陵墓が横山村に造営されることが告示されると、この地は日本中から注目を集め、「大喪の儀」以降、全国各地から参拝客が訪れるようになり交通機関の整備も進められた。