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「高尾山」の観光開発

「多摩陵」の造営とほぼ時を同じくして「高尾山」のケーブルカー開通もあり、「高尾山」にも観光地化の波が及ぶようになった。現在「高尾山」は世界一の登山者数を誇る人気の山となっている。


「高尾山薬王院」と滝

「高尾山薬王院」は744(天平16)年、行基による開山と伝えられる古刹。南北朝時代の中興により「飯縄大権現」が祀られ、その眷属である天狗信仰の霊山ともなった。写真は昭和戦前期の「高尾山薬王院」。 MAP __【画像は昭和戦前期】

現在の「高尾山薬王院」。

江戸時代以降、明治・大正期にかけて精神病の民間療法としての「滝治療」も行われてきた歴史もあり、昭和初期、近隣に「多摩陵」が造営されると、「滝治療」の患者も利用していた旅館は保養院へと発展した。写真は大正期の「琵琶滝」。 MAP __【画像は大正期】

古くから修験道の修行地でもあり、現在も「琵琶滝」「蛇滝」では滝修行が行われている。

昭和戦前期の鳥瞰図

図は1930(昭和5)年に出版された『京王電車 沿線名所図絵』。当時の人気の鳥瞰図絵師、吉田初三郎によって描かれたもので、ここではその一部、現在の八王子市周辺を掲載している。京王電軌は御陵線も描かれているほか、国鉄中央本線・横浜線、「甲州街道」上に武蔵中央電気鉄道、「高尾山」にはケーブルカーもあり、多くの鉄道が整備されていたことがわかる。この翌年には国鉄八高南線(現・八高線の一部)が東飯能まで開通している。【図は1930(昭和5)年】

「高尾山」のケーブルカー

「高尾登山鉄道」(現「高尾登山電鉄」)のケーブルカーは、「高尾山薬王院」の貫首の発案により大正中期より計画が進められ、1925(大正14)年に着工、1927(昭和2)年に開業した。写真は昭和戦前期の「清滝駅」付近。 MAP __【画像は昭和戦前期】

ケーブルカーは戦局の悪化から1944(昭和19)年に休止、戦後は1949(昭和24)年から運行を再開した。1964(昭和39)年10月10日、「東京オリンピック」開会式の同日からケーブルカーに並行してリフトの運行も開始された。

「高尾山」のケーブルカー

写真は昭和戦前期の撮影で、上部のトンネルの手前付近が鉄道としては日本一の急勾配となる31度18分の区間。【画像は昭和戦前期】

写真は昭和戦前期の「高尾山駅」付近。 MAP __【画像は昭和戦前期】

写真は現在の「高尾山駅」付近。

山上で楽しめたゴンドラ MAP __

ケーブルカーの「高尾山駅」付近に1961(昭和36)年、「ゴンドラ」(展望塔)が建設された。乗降場は展望台の屋上で、8人乗りゴンドラ4台が回転しながら上昇し、眺望が楽しめた。しかし、1979(昭和54)年の数人がけがをした事故がきっかけとなり撤去された。【画像は昭和40年代】

現在も展望台部分は残っており、夏季にはビアガーデンとして営業している。

「ゴンドラ」からの眺望。【画像は1966(昭和41)年頃】


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