

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
これって、修繕ではなく建替えでは? 修繕目的の建物の取り壊しの限界
先日、自宅の給湯器が壊れて、お湯が全くでなくなりました。
直ぐに新しい給湯器に取り換えて貰う手配をしましたが、さすがに即日取換工事というわけにはいかず、翌日の工事となりました。
このため、朝はお湯を沸かして顔を洗ったり、夜は帰宅してから銭湯に行ったりしましたが、お湯が出ないとこんなに不便なのだと、痛感しました。
しかし、よく考えると、自分が子供のころなど、実家の台所や洗面台の蛇口からは水しか出ず、大学生の頃も、朝はお湯を沸かして顔を洗っていましたが、不便を感じた記憶はありません。
人間は、一度便利な生活に慣れると、元には戻れないのだと気づかせてくれる出来事でした。
今回のお話は、2023年6月号のコラムの続編です。
どんな事案だったか、思い出してみましょう。
Aさんは、10年前から、東京の郊外にある事務所兼倉庫を、B社に月額賃料15万円で賃貸しています。
この事務所兼倉庫は、戦前からあるもので、老朽化が著しく、B社が耐震検査をしたところ、震度6強以上の地震が発生した場合には、倒壊の恐れがあるという結果が出ました。
このため、B社は、Aさんに対して、1500万円以上の費用がかかる耐震補強工事をするように求め、B社が作成した耐震補強工事の設計図と見積書を送ってきましたが、Aさんが返事を渋っていると、B社は、勝手に耐震補強工事を行い、Aさんに対して、工事代金1500万円を請求してきました。
Aさんは、B社が勝手に工事をしたのに、工事代金を支払わなければならないのは納得できないということで、私のところに相談に来ました。
このコラムでは、大家の修繕義務や耐震基準を満たすための耐震補強工事の義務についての裁判例を挙げ、Aさんには修繕義務はないと考えられるという説明をしました。
その後、私は、Aさんの依頼を受け、B社に対して、Aさんには1500万円の支払義務はない旨の回答書をB社に送りました。
これに対して、B社は、毎月15万円の賃料と1500万円の修繕費を相殺するという通知を送ってきました。この結果、Aさんは、今後100か月にわたって、賃料が得られないことになってしまいました。
そこで、Aさんは、やむを得ず、B社を被告として、賃料の支払いを求める訴訟を提起しました。
この裁判の中で、B社の行った耐震補強工事の詳細が明らかになったのですが、当初の設計図と見積書に記載された工事より大掛かりな工事を行っており、もともとの建物の大部分を取り壊してしまっていることが分かりました。
具体的には、もともとの建物の壁全部、屋根の半分及び基礎の半分を撤去し、撤去した部分を全く新しい材料で作り直してしまいました。
もともとの建物の壁全部、屋根の半分及び基礎の半分を同時に撤去すれば、建物は倒壊してしまうおそれがありますが、B社は、この工事を、いくつかに分けて段階的に行ったので、建物は倒壊することはありませんでした。
しかし、ここで、「もともとの建物を、ここまで壊してしまうと、もう建物とは言えない状態になってしまったではないか?」という疑問が湧いてきます。
普通の木造建物で、壁全部、屋根の半分及び基礎の半分がない状態を想像してみてください。その状態で建物と言えるのでしょうか。
不動産登記の実務上、建物とは、「家屋及び周壁又はこれに類するものを有し、土地に定着した建造物であって、その目的とする用途に供し得る状態にあるものをいう」とされていますが、壁全部、屋根の半分及び基礎の半分がない状態では、雨露を一時的に凌ぐくらいの用途しかなく、到底、倉庫であったり、事務所であったりの用途に供しうるとは言えないので、もはや建物ではなくなったと考えることもできます。
こう考えると、B社の行った工事は、修繕工事ではなく、建替え工事であると言えそうな気がしてきます。
では、建物賃貸借契約期間中に、対象の建物が取り壊されて建物とは言えない状態となった場合は、建物賃貸借契約は、どうなるのでしょうか。
このような場合、賃貸借の対象となる建物が存在しなくなるので、契約は、実行することができなくなった(履行不能)として終了するのではないかと考えられます。
そこで、次に問題となるのは、B社が行った工事によって建てられた建物は、誰の所有物かという点です。
B社が行った取壊し工事によって、もともとの建物が建物とは言えない状態になったとすると、その後にB社が行った工事は、新しい建物を建てる工事と言えるのではないでしょうか。
そうすると、B社が行った工事によって建てられた建物は、B社の所有物と言えなくはありません。
もしB社が行った工事によって建てられた建物がB社の所有物であるとすると、B社は、Aさんの土地の上にAさんに無断で建物を建てて使用しているわけですから、Aさんとしては、B社に対して、建物を撤去して土地を明け渡すように請求することも可能です。
Aさんとしては、ここまできたら、B社にこの土地から出て行ってほしいと考えており、もしかすると、この裁判は、建物の賃料の支払請求事件から、建物を撤去して土地を明け渡すように請求する事件に変わってしまうかもしれません。
ちょっと不謹慎ですが、今後の展開がなかなか興味深い事件です。
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大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。