買主の所在がわからない場合の解除方法(公示による意思表示)
1 相談例
私は、所有している土地について、Aさん(個人)との間で売買契約を締結し、手付金の支払も受けたので、土地の引き渡しに向けて準備をしていました。
ところが、その後、Aさんと連絡がとれなくなってしまい、決済期日を過ぎても代金が支払われていません。
仲介業者の方に契約書に記載された住所に訪問してもらったのですが、Aさんはすでに引っ越しており、別の方が住んでいるようです。
私としては、Aさんとの売買契約を解消したいのですが、どういった方法があるのでしょうか。
2 公示による意思表示
売買契約を解消するには、相手方に対し、売買契約を解除する意思表示をすることが考えられます(民法540条)。
民法では、意思表示は相手方に到達した時から効力が発生するものとされています(民法97条1項)。
通常は、相手方の住所などの所在地宛に、売買契約を解除する旨を記載した書面を送付する方法などにより、相手方に解除の意思表示を到達させることになります。
◆民法540条(解除権の行使)
契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
◆民法97条(意思表示の効力発生時期等)
1 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
しかし、相手方と連絡がとれず、相手方の所在が知れない場合には、先ほどのような方法では、相手方に対して意思表示を到達させることができません。
民法では、こういった場合に対応するため、「公示による意思表示」という方法を用意しています。
今回は、この「公示による意思表示」について、ご紹介いたします。
⑴ 公示による意思表示が認められるための要件
民法では、意思表示をする者(表意者)が、
①相手方を知ることができないとき、
または
②相手方の所在を知ることができないとき、
に、公示の方法によって、意思表示をすることができると定めています(民法98条1項)。
①の「相手方を知ることができないとき」とは、例えば、意思表示の相手方が死亡して相続人が知れない場合などがあります。
また、②の「相手方の所在を知ることができないとき」とは、相手方はわかっているが、その所在がわからない場合であり、単に相手方の住所や居所が不明であるというだけではなく、勤務先や立ち寄り先も含めて不明であることが必要であるとされています。
相談例の場合、買主の所在が住所や居所、勤務先や立ち寄り先も含めて不明である場合には、売主は公示による意思表示の方法により売買契約を解除する意思表示をすることが可能となりえます。
◆民法98条(公示による意思表示)
1 意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、公示の方法によってすることができる。
⑵ 公示による意思表示の手続
上記の①または②に当たる場合、表意者は、「公示の方法」によって意思表示を行うことができます。
具体的な手続としては、①相手方を知ることができない場合には、表意者の住所地の、②相手方の所在を知ることができない場合には、相手方の最後の住所地の、「簡易裁判所」に公示による意思表示の申立てをすることになります(民法98条4項)。
裁判所は、申立てを審査し、「公示による意思表示」を許可した場合、「公示送達」に関する民事訴訟法の規定に従って、裁判所の掲示場に掲示します(なお、令和5年の法改正により、令和10年までに、掲示場での掲示に代えて、裁判所に設置した電子計算機の映像面に表示したものを閲覧できる状態に置く措置をとることが可能になります)。
「公示送達」の方法は、裁判所書記官が送達すべき書類を保管し、いつでも送達を受けるべき者(相談例の場合は買主)に交付すべきということを裁判所の掲示場に掲示して行います(民事訴訟法111条参照)。
また、上記の掲示とともに、掲示があったことを官報に少なくとも1回掲載するか、官報への掲載に代えて市役所、区役所、町村役場またはこれらに準ずる施設の掲示場に掲示します(民法98条2項)。
◆民法98条(公示による意思表示)
2 前項の公示は、公示送達に関する民事訴訟法(平成8年法律第109号)の規定に従い、裁判所の掲示場に掲示し、かつ、その掲示があったことを官報に少なくとも一回掲載して行う。ただし、裁判所は、相当と認めるときは、官報への掲載に代えて、市役所、区役所、町村役場又はこれらに準ずる施設の掲示場に掲示すべきことを命ずることができる。
(略)
4 公示に関する手続は、相手方を知ることができない場合には表意者の住所地の、相手方の所在を知ることができない場合には相手方の最後の住所地の簡易裁判所の管轄に属する。
⑶ 公示による意思表示の効果
上記の手続によって、公示による意思表示が行われた場合、最後に官報に掲載した日、またはその掲載に代わる掲示を始めた日から2週間を経過した時に、意思表示が相手方に到達したものとみなされます(民法98条3項本文)。
相談例の場合、最後に官報に掲載された日か、またはその掲載に代わる掲示を始めた日から2週間を経過した時に、売買契約の解除の意思表示が買主に到達したものとみなされ、解除の効力が発生することになります。
もっとも、表意者に、相手方を知らないことや相手方の所在を知らないことについて、「過失」があった場合には、公示による意思表示の効果は認められません(民法98条3項ただし書)。
十分な調査をせずに、相手方や相手方の所在を知らなかった場合には「過失」があるものとして、公示による意思表示の効果が認められない可能性があるため、注意が必要です。
また、表意者に「故意」がある場合は、そもそも相手方や相手方の所在を知らない場合に当たらないため、「過失」がある場合と同じく、公示による意思表示の効果は認められないと考えられています。
◆民法98条(公示による意思表示)
3 公示による意思表示は、最後に官報に掲載した日又はその掲載に代わる掲示を始めた日から二週間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。
ただし、表意者が相手方を知らないこと又はその所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。
3 ご注意いただきたい点
公示による意思表示の制度は、相手方に意思表示を到達させてその効力を発生させることを目的としたものです。
そのため、基本的に、意思表示の効力が発生することによって問題の解決が可能な場合に利用することになります。
例えば、契約により物を預かっていた人が、預けた人の所在が不明になったために物を返還したいと考えて、公示による意思表示によって契約を解除したとしても、預かった物を勝手に処分することができないことに変わりはないため、公示による意思表示だけでは問題を解決することができません。
また、所在を知ることができない相手方に対し訴訟を提起した場合には、訴状などの書類を「公示送達」によって相手方に到達させることがありますが(民事訴訟法110条)、その書類に意思表示が記載されている場合には、その意思表示が相手方に到達したものとみなせることがあります(民事訴訟法113条)。
所在不明の相手方との契約を解除した上で損害賠償を請求したい場合などには、訴訟提起を行った上で、こちらの制度を利用することになります。
4 まとめ
公示による意思表示の制度(民法98条)を利用するにあたっては、その事案が公示による意思表示の制度を利用するのに適した事案であるのか、公示による意思表示が認められる要件を満たしているのかといった点を慎重に判断する必要があります。実際に公示による意思表示の制度を利用することを検討されている場合、専門家に相談されることをお勧めします。
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