

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
定期借家契約における事前の説明書面の交付
【Q】
私は、6か月前に亡くなった父から相続した分譲マンションの一室を所有している者です。
父は、このマンションとは別のところに住んでおり、この部屋を人に貸して賃料収入を得ていました(なお、不動産会社さんを入れずに、お知り合いの方に貸していたようです)。
私としては、生家でもなく、自分の自宅からも遠いこのマンションを持ち続けても、管理が面倒なだけですので、どなたかに売却してしまおうと考えています。
賃貸借契約を確認してみたところ、父は、「定期賃貸住宅標準契約書」という契約書を使っており、賃貸期間は3年とされていました。
「定期賃貸住宅標準契約書」についての解説をインターネットで読んでみたところ、この契約は、定期建物賃貸借契約というもので、大家である私が再度契約を了承しない限り、入居者が希望しても、賃貸期間が満了した時点で契約が終了し、入居者は退去しなければならない契約であると理解しました。
そこで、私は、不動産会社さんに、父の残した資料一式を持参し、このマンションの売却をお願いしようと相談したところ、不動産会社さんから、「契約書とは別に、定期借家契約であることを説明する文書を事前に借主(入居者)さんに交付したことの分かるものはありますか。通常は、「定期賃貸住宅契約についての説明」と書かれたA4サイズ1枚の書面で、借主さんの署名押印したものがあると思うのですが」という質問を受けました。
不動産会社さんからは、「見つからなければ最終的には借主さんに聞いてみますが、まずは探してみてください」と言われています。
「定期賃貸住宅標準契約書」という契約書は父と入居者さんとでしっかりと署名押印したものが残っているのですが、不動産会社さんが仰っていた「定期借家契約であることを説明する文書」というのは、それほど大事なものなのでしょうか。
<追伸>
その後、別の用事でこのマンションをお伺いした際に、入居者さんが保管されている書類一式も見せてもらったところ、その中に契約書の1日前の日付の「定期賃貸住宅契約についての説明」と書かれた父の署名押印のあるA4サイズ1枚の書面が見つかり、入居者さんも更新がないことをよくご存知でした。
お騒がせいたしました。とはいえ、念のため、質問にご回答いただけますと幸いです。
【A】
1 定期借家契約(定期建物賃貸借契約)の締結に必要な手続
お父様は、このたびのアパートについて、「定期借家契約(定期建物賃貸借契約)」の方式で、借主(賃借人)と契約をしていたと拝察いたします。
この定期借家契約の詳細は、2024年3月号のコラムをご参照いただきたいのですが、端的に申しますと、一定の手続を行えば(2024年3月号のコラムにて取り扱っております)、賃借人側が契約の継続を希望しても、賃貸人(大家)側が応諾しない限り、当然にその契約は期間満了をもって終了し、賃借人は建物から退去しなければならない契約になります。
これに対し、一般的な建物賃貸借契約(借家契約)では、賃貸人側に正当事由がない限り、期間が満了しても、賃借人側が契約の継続を希望すれば、契約の更新が認められ、賃借人がなお建物に住み続けることができるなど、「借地借家法」という法律が賃借人に強い保護を与えています(こうした建物賃貸借契約は、定期借家契約との対比から、「普通借家契約」、「普通建物賃貸借契約」などとしばしばいわれます)。
さて、この定期借家契約は、普通借家契約とは異なる特別な借家契約なので、定期借家契約であると認められるためには、契約を結ぶに当たって一定の手続を踏む必要がございます。
その1つは、「契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了する」旨の定めを契約条項に含めた書面で締結することです(借地借家法38条1項)。お父様は、おそらく国土交通省のウェブサイト
(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000030.html)にアップロードされている「定期賃貸住宅標準契約書」を用いられていたと拝察いたしますが、こちらの契約書には、第1条と第2条第2項本文に、その旨が記載されています。
もう1つが、このたびご相談のございました、契約締結に当たり、あらかじめ、その賃貸借契約が、更新がなく、期間の満了により終了することについて、その旨を記載した書面を交付した上で説明することです(借地借家法38条3項。以下、この書面を「説明書面」といいます)。
これらの手続を怠ってしまうと、借家契約は、普通借家契約と扱われることとされており、先ほど申し上げたとおり、正当事由がない限り、賃借人が希望すれば、期間満了後も契約が更新され、賃借人は建物に引き続き入居し続けることが可能になってしまいます(借地借家法38条5項)。
2 説明書面を交付しているか否かの判断
⑴ 説明書面は契約書と別の書面でなければならない
では、先ほど申しました「契約締結に当たり、あらかじめ、その賃貸借契約が、更新がなく、期間の満了により終了することについて、説明書面を交付した上で説明する」という手続について、具体的にはどのような手続を取ればよいのでしょうか。
2024年3月号のコラムで定期借家契約の終了に伴う手続についてお話しした際、期間の満了によりその契約が終了する旨の通知を送付するのが遅れた場合も、裁判例は、新たな普通借家契約の成立に対して慎重な姿勢を示しており、実際に新たな普通借家契約の成立を認めたケースは限られていると述べました。
他方で、定期借家契約の成立に伴う手続について、裁判例は、賃貸人に対して厳しい姿勢を示す傾向にあります。
説明書面の交付と説明について定めた借地借家法38条3項は、「あらかじめ、建物の賃借人に対し、同条1項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない」と定めているだけで、その説明書面が契約書やその案文とは別でなければならないかははっきり書かれていません。
しかしながら、裁判例では、説明書面は、契約書とは別個独立の書面であることを要するとして、契約書やその案文とは別の書面でなければならないと判断されています(最高裁平成24年9月13日判決)。
また、賃貸借契約の締結に当たっては、不動産会社(宅地建物取引業者)が仲介に入ることもあり、その際には「重要事項説明書」という書面が賃借人に交付されますが、裁判例では、説明書面と同じ内容が記載された「重要事項説明書」を仲介の不動産会社が単に交付しただけでは、説明書面を交付したことにはならないと判断されています(東京地裁平成24年1月25日判決)。
そのため、説明書面は、契約書や「重要事項説明書」とは別に作成した上で、賃貸人から賃借人に交付する必要があると解されています。
⑵ 説明書面は契約書の調印よりも前に交付しなければならない
加えて、先ほどの借地借家法38条3項に「あらかじめ」とあるとおり、説明書面の交付と説明は、契約書の調印よりも前に行う必要がございます。
もっとも、ご相談のケースのように日を分ける必要まではなく、時間的に先立っていれば、同じ機会に説明書面の交付及び説明と、契約書の調印とを行っても差し支えないと解されています(東京地裁平成24年3月23日判決など)。
⑶ 国土交通省ウェブサイトの書式
以上の議論を踏まえ、ご相談者様が挙げられた国土交通省のウェブサイトには、説明書面のひな形として、「定期賃貸住宅契約についての説明」と題する書面が公表されています。
⑷ 説明書面を交付した上での説明について
また、先ほどの借地借家法38条3項では、説明書面を「交付して説明」しなければならないとされています。
この「説明」については、書面を交付しただけでは説明義務を尽くしたとはいえないとする裁判例もみられる一方(東京地裁平成18年1月23日判決)、常に口頭による説明をすることや現実に賃借人が理解したことまで求められるものではないとする裁判例もあり(神戸地裁令和3年1月13日判決)、明確な定説のないところです。
一般論と致しましては、個別の具体的な事情に応じて、その賃借人に、契約に更新がなく期間の満了により契約が確定的に終了することを理解できる程度に行われればよいと解されますが(上記神戸地裁判決、東京地裁平成24年3月23日判決など)、安全策をとるのであれば、説明書面を交付した上で、この契約が定期借家契約であって、更新がなく、入居者(賃借人)が契約の継続を希望しても、賃貸人(大家)が承諾しない限り、当然に期間満了をもって終了し、建物から退去しなければならないことを説明し、入居者(賃借人)がそのことを理解できているか反応を見て確認するのがよいのではないでしょうか。
3 最後に
以上のとおり、定期借家契約は、契約締結に当たり、賃貸人から賃借人に対して、あらかじめ、契約書や重要事項説明書とは別途、説明書面を交付した上で説明するという厳格な手続が求められており、その手続を怠ったとされると、普通借家契約と扱われてしまうおそれがございます。
定期借家契約が、借地借家法により借家人に強い保護が与えられている普通借家契約とは異なり、借家人の保護がそれほど強いものではない特別な契約であるがゆえ、裁判例も、入口の段階の手続を厳しく見ているのではないかと拝察されます。
定期借家契約の締結に当たっては、専門家である不動産会社(宅地建物取引業者)に仲介に入ってもらい、手続をお願いすることも視野に入れられた方がよいかと存じます。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。






