

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
民泊物件を売却する際の注意点
【Q】
私は、都内の分譲マンションの一室(以下「本件建物」といいます)を所有し、住宅宿泊事業法(いわゆる民泊新法)に基づく届出をして民泊営業を続けてきました。
マンションの管理規約では届出を行えば民泊営業を行うことができる旨規定されています。
しかし、これまで、見知らぬ宿泊者の出入りに対して近隣住民から苦情や不安の声が上がるなど、管理組合や近隣とのトラブルも生じていました。
また、最近知ったのですが、今度、本件建物の存するX市の条例が改正され、土日祝日以外に民泊営業を行うことが禁止されることになるそうです。これまで、インバウンド需要に対応するために平日にも民泊営業を行ってきましたが、この条例に抵触してしまう以上、これまで通りに営業を行うことは難しいと考えています。
この度、本件建物を第三者に売却しようと考えています。現在も今後数か月先まで予約が入っている状況で、オーナーチェンジに伴い既存予約への対応や宿泊者名簿の引継ぎ、自治体への届出の対応などが必要になるのではないかと心配です。
さらに、清掃業務を委託している管理会社との契約や民泊用の保険契約についても、売却時にどのように対処すればよいか悩んでいます。このような状況で物件を売却するにあたり、どのような点に注意し、どんな対応を取れば良いでしょうか。
【A】
1 売却前に確認すべき規制と条件
⑴ 管理規約の確認
本件建物は分譲マンションの1室です。分譲マンションの利用方法は、管理規約の定めに従う必要があります。
国土交通省の「マンション標準管理規約(単棟型)」(令和6年6月7日改正版)では、民泊営業を可能とする場合と禁止する場合の規定例(12条)があり、これに基づいて多くのマンションで民泊営業に関する条項が規定されています。そのため、民泊営業を営んでいる場合、売却前に必ず管理規約を調べ、民泊営業が禁止されていないかを確認しましょう。
本件建物の管理規約では、届出を行えば民泊営業を行うことができる旨規定されていますので、届出が適正に行われているかを確認しておきましょう。
⑵ 市町村の条例の確認
住宅宿泊事業法に基づく民泊営業は、条例で営業日数や時間帯の制限を受けることがあります(平日営業禁止区域、年間営業日数上限など)。条例の制限は物件所在地によって異なり、収益性や営業継続の可否に直結します。
売却前に該当の最新条例を調べ、制限がある場合には、買主に説明することが必要です。
本件では、X市の条例が改正され、土日祝日以外に民泊営業を行うことが禁止される予定であるところ、かかる改正は、本件建物の収益性や営業継続の可否に大きな影響を与えます。
そのため、売主は、買主に対し、条例の改正についても説明することが必要になるでしょう。
2 民泊事業に関する法的手続
⑴ 民泊新法の届出と変更届
住宅宿泊事業法(以下「民泊新法」といいます)3条1項は、住宅宿泊事業を営もうとする者に対して、届出義務を定めています。
所有者が変わる場合、売主は廃業等届出(民泊新法3条6項5号)を行い、買主は新たに営業届出を行わなければなりません。この間に生じる空白期間は合法的な営業ができず、既存予約への対応が必要です。
⑵ 宿泊者名簿等の記録管理
民泊新法8条は、宿泊者名簿の作成・保存を義務付けています。
オーナーチェンジの際には、既存名簿を適切に引き継ぎ、買主が保存義務を継続できるようにする必要があります。
3 売却時に確認すべき事項
⑴ 売買契約締結にあたっての特約事項
管理規約・条例による制限、過去の近隣トラブルの有無は、説明責任を果たすためにも特約や告知書で明確にしておくべきです。
⑵ 既存予約の取扱い
一般的に、売買契約締結時に売却後の宿泊予約が既に入っている場合、引渡し日以降の予約対応は買主が行う又は引渡し日以降の予約についてはキャンセルする手段が考えられるところです。
買主が営業許可を受けずに宿泊予約に対応してしまうと届出義務違反として行政指導や営業停止のリスクがあります。
そのため、契約の段階で、既存予約の取扱いについて売主買主間で合意を得ておくことが必要になります。
4 運営体制の引継ぎ
⑴ 管理業務の引継ぎ(清掃・鍵管理等)
清掃、鍵受け渡し、緊急対応など外部委託している業務は、特約がない限り、契約名義の変更や再契約が必要です。引継ぎ不備は営業の停止やクレームにつながります。
⑵ 民泊保険の見直し
民泊賠償責任保険や火災保険などは所有者変更後に名義変更又は再契約が必要です。買主側で補償の空白期間を作らないよう調整します。
5 本件物件特有の留意点
本件では、管理規約による民泊営業届出条項、近隣住民からの苦情履歴、既存予約の存在、条例改正による営業制限が重なっており、売却後に買主が民泊営業を円滑に継続できない可能性があります。これらの事項については、すべて契約書・告知書で事前に共有する必要があります。
6 まとめ
以上のように、民泊物件のオーナーチェンジは、通常の居住用物件の売却と異なり、①管理規約・条例の事前確認、②民泊新法に基づく届出・宿泊者名簿の管理、③既存予約・契約関係の引継ぎなど、複数の手続が伴います。特に本件のように民泊営業の制限がされる場合、買主の利用目的と合致するか否かを慎重に判断しなければなりません。
基本的に民泊物件は収益目的で購入することが多く、収益性に影響する事情は、買主の意思決定において重要といえます。いつでも営業ができると思って購入したものの実は営業時間制限があった等、収益性に直結する事情について、後に売主買主間で認識が異なるといったトラブルを防ぐために売買契約書や重要事項説明書で記載することが不可欠です。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。






