終戦後、「王子製紙」は「GHQ」の指令により財閥解体の対象となり、1949(昭和24)年に「十條製紙」「本州製紙」「苫小牧製紙」に分割。北区の「王子工場」(1943(昭和18)年より休止)の土地と「十條工場」は「十條製紙」に引き継がれた。
1970(昭和45)年頃の「紙の博物館」。現在、跡地は「王子駅南口バスのりば」となっており、その地下に「首都高速中央環状線」が通る。
MAP __【画像は1970(昭和45)年頃】
写真は現在の「紙の博物館」。隣接する「北区飛鳥山博物館」「渋沢史料館」とともに「飛鳥山3つの博物館」と呼ばれる。
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分割されることになった旧「王子製紙」3社は、発祥の地である王子を記念して「財団法人 製紙記念館」を設立、1950(昭和25)年、空襲から焼け残った旧「王子工場」の建物を利用し「製紙記念館」を開館した。1953(昭和28)年に「製紙博物館」、1965(昭和40)年に「紙の博物館」へ改称。その後、「首都高速中央環状線」の建設により移転することとなり、1998(平成10)年、「飛鳥山」公園内に移転・開館した。
ちなみに、「苫小牧製紙」は1952(昭和27)年に「王子製紙工業」(のち二代目「王子製紙」)へ改称、「王子」の旧社名を冠するようになったが、北区(王子・十条)には工場などはなかった。1968(昭和43)年、初代「王子製紙」の後継会社「十條製紙」と二代目「王子製紙」、「本州製紙」は合併を計画したが実現しなかった。
「王子製紙 王子工場」の跡地は「サンスクエア」となっており、その前に「洋紙発祥之地」の碑がある。厳密には、「抄紙会社」での洋紙の製造は、国内で三番目の開始(他社で1年ほど前から製造されていた)となるが、生産高や、その後の発展から見て、王子が実質的な「洋紙発祥の地」として、1953(昭和28)年に建立された。
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その後、1996(平成8)年に二代目「王子製紙」と「本州製紙」が合併し、三代目「王子製紙」が誕生しているが、前述のように旧「王子工場」「十條工場」を引き継いだのは「十條製紙」(現「日本製紙」)であり、現在、北区(王子・十条)に関わりを残す会社は、現「王子製紙」の「王子グループ」ではなく、「日本製紙グループ」となっている。