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江戸期に始まる賑わいの地「上野広小路」

「上野の山」は「上野台地」とも呼ばれ、湯島などがある「本郷台地」との間の谷地となる「不忍池」付近は、その東に広がる「上野山下」の低地も含めて「下谷」と呼ばれた。江戸期の「下谷広小路(上野広小路)」は飲食店や商店が立ち並ぶ江戸有数の繁華街として発展した。明治期以降も「上野広小路」と日本橋・浅草を環状で結ぶ馬車鉄道が開通、老舗「松坂屋」が百貨店となるなど賑わいは続いた。戦後には、ヤミ市から「アメ横」の商店街が生まれた。


江戸の御成道は「中央通り」に MAP __

江戸期に「江戸城」と「寛永寺」を結ぶ道は、徳川将軍が参詣の際に利用する御成道であった。その御成道のうち、「寛永寺」の門前付近は、1657(明暦3)年の「明暦の大火」後に、火除け地として道幅を広げて「下谷広小路(上野広小路)」となった。もともと「寛永寺」の門前町として茶屋などがあった場所で、拡幅により広大な空き地が誕生すると、次第に仮設の見世物小屋や屋台などが集まるようになり、広小路の両側の店とともに、江戸有数の賑わいの地へ発展した。前掲の切絵図で広小路の広さや位置が確認できる。

写真は昭和初期の「上野広小路」。震災復興期の風景ではあるが、江戸期からの賑わいは引き継がれている。この区間の市電(のちの都電)は馬車鉄道を前身としている。「上野広小路」の地下には1930(昭和5)年に地下鉄(現・地下鉄銀座線)が開通した。【画像は昭和前期】

写真は現在の「上野広小路」で、この通りは「中央通り」と呼ばれる。「中央通り」のうち神田~上野の区間は、おおむね江戸期の御成道のルートと一致するが、大きく拡幅されていることもあり、御成道時代の面影は残っていない。この区間の都電は1972(昭和47)年に廃止された。

昭和前期の「御徒町駅」周辺

写真は昭和前期の空撮で、右下には1925(大正14)年に開業した「御徒町駅」が、中央付近には1929(昭和4)年に建て替えが完了した「松坂屋 上野店」が見える。【画像は昭和前期】

名古屋「いとう呉服店」の江戸進出で発展した「松坂屋」 MAP __

名古屋を代表する大店「いとう呉服店」は、江戸中期の1768(明和5)年、江戸へ進出するため上野の「松坂屋」を買収し「いとう松坂屋」とした。1805(文化2)年には、大伝馬町に木綿・繰綿問屋「伊藤屋」も開業するなど、江戸でも順調に商いを伸ばしていった。幕末期の「上野戦争」の際は新政府軍の本営も置かれた。

1907(明治40)年、「東京勧業博覧会」に合わせて陳列販売方式に改装、百貨店化への第一歩とし、1917(大正6)年、写真の洋風4階建ての新本館が完成した。この建物は帝都の名建築の一つとして評判になったが、1923(大正12)年の「関東大震災」で焼失した。【画像は大正期】

震災復興の新たな本館は1929(昭和4)年完成した。この建物は現在も改装の上使用されている。1957(昭和32)年に南館を増築し、本館と合わせて売り場面積は約35,000㎡に達した。この南館は2014(平成26)年に営業を終了、建て替え工事が行われ、2017(平成29)年、「上野フロンティアタワー」(写真右奥)が開業した。


上野と御徒町を結ぶ商店街 「アメ横商店街」 MAP __

「アメ横商店街」の「御徒町駅」側の入口付近

「アメ横センター」付近の様子。近年は外国人観光客にも人気があり、外国人向けの店舗も増えた。

「アメ横商店街」の「上野駅」側の入口付近

終戦後、芋飴を売る店「アメヤ」は現在の「二木の菓子」のあたりに多く見られた。左は「徳大寺」。

大晦日が近くなると、ニュース番組に必ず登場するのが上野「アメ横商店街」の買い物風景。師走の風物詩ともいえる賑わいが、毎年、上野と御徒町を結ぶこの街にやってくる。

「アメ横」の名は、戦後に誕生した「アメヤ(飴や)横丁」と「アメリカ横丁」が重なって呼ばれるようになったことが由来といわれる。戦後の混乱の中、「上野駅」と「御徒町駅」間の真ん中、高架橋西側にヤミ市やバラックの店舗・マーケットが誕生した。このあたりには国鉄の変電所があり、戦時中に空襲による類焼を避けるため強制的な建物疎開が行われたことから、終戦後は空き地になっていた。ここに中国大陸などからの復員兵が集まって商売を始め多くの店が立ち並び、特に芋飴を売る店が多かった(300軒以上あったともいわれる)ことから、「アメヤ横丁」の名が生まれた。1949(昭和24)年の『火災保険特殊地図』で現在の「アメ横」周辺を確認すると、「アメ」と明記されている店だけでも50軒以上あり、特に現在の「二木の菓子」のあたりに集中して見られた。1950年代以降は、アメリカ軍の払い下げ品を売る店も多くできたことから、「アメリカ横丁」とも呼ばれるようになった。

現在は上野・御徒町の間、約500mの高架下と西側に400軒ほどの店舗がある。食料品を売る店が多いが、扱う商品は衣料品、輸入雑貨など多岐にわたり、観光客も多いことから、飲食店も多数ひしめきあう。商店街の中には「日蓮宗」の古刹「徳大寺」があり、「関東大震災」や「東京大空襲」でも焼失を免れた「摩利支天像」が祀られている。



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