

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
契約条件は、どの部屋も同じにしなければならないの?楽器演奏禁止条項と隣室の楽器演奏
このコラムがアップされる頃には、日本初の女性首相が誕生しているかもしれませんが、今は、首班指名選挙を巡って、政党間の協議が活発に行われています。
そんな中、ある野党が、他の野党と首相候補の一本化に向けた協議中に与党と連立交渉に入り、協議中の他の野党の党首から、「二枚舌」とか「先に言ってよ」と非難されているようです。
弁護士も、日常的に、依頼者に代わって一人あるいは複数の相手方と交渉しますが、頭の中にあることは、少しでも依頼者の利益になる結果を得ることであり、そのためには、相手方から見ればアンフェアな駆け引きを行うことがあります。
政治家も、協議や交渉が仕事と言っても過言ではないので、自党あるいは自党の掲げる政策を実現するために、アンフェアな駆け引きをすることなど、当たり前の世界だと思っていました。
その意味で、他党の行動に対して、「二枚舌」とか「先に言ってよ」と非難するのは、とても意外であり、政治家らしくないなと思いました。
もっとも、この正直さがよいという人もいるかもしれません。
さて、今回は、楽器演奏禁止という条項のある契約で入居した賃借人が、他の部屋からピアノの音が聞こえてきたので、大家に対して、「ピアノを弾くのをやめさせろ!」と要求したトラブルのお話です。
私の知り合いの大家さん(Aさん)は、1棟マンションを多数所有していますが、Aさんが豊島区に所有している1棟マンションの一室(仮に101号室とします。)にBが入居しています。
AさんとBの間の賃貸借契約には、禁止事項として、楽器の演奏が明記されており、Bは、当然のことながら、101号室で楽器の演奏はしていません。
ところが、Bが自宅にいると、時々上の階の部屋(仮に、201号室とします。)のベランダの方からピアノの練習をする音が聞こえてきます。
Bは、AさんとBの賃貸借契約では、楽器演奏が禁止されているのに、なぜ上の階からピアノの音が聞こえてくるのだろうかと疑問に思いました。
そこで、Bは、管理会社に、「201号室のベランダの方からピアノの練習の音が聞こえてくるが、このマンションは、楽器演奏禁止ではないのか。201号室の人に、ピアノの演奏をやめるように言ってほしい。」と苦情を申し入れました。
これに対して、管理会社は、「201号室は、入居時の交渉で、ピアノの練習を許可しています。ただし、演奏時間を午後8時までとし、ピアノを置く部屋もベランダに面していない部屋に限定し、ピアノを弾く際は、すべての開口部を締め切ることを条件としています。」と回答しました。
しかし、Bは納得せず、「自分の部屋が楽器演奏禁止なのだから、他の部屋も楽器演奏禁止にするのは、当然だろう。201号室に楽器演奏を許可したのは、契約違反だ。直ちに201号室の人に、ピアノの演奏をやめるように言ってほしい。」と主張し、「このままピアノの演奏が続くようなら、この部屋から退去し、管理会社と大家に損害賠償を請求する。」と言い張っています。
Aさんから相談を受けた私は、「ちょっと調べてみないと分かりませんが、賃貸借契約は、相対の契約ですので、たとえ1棟のマンションであっても、全ての部屋が同じ契約条件である必要はないと思います。本件とは違いますが、ペット飼育の禁止を例に取れば、同一賃貸マンション内であっても、原則としてペット飼育を禁止し、ある居室については、2から3倍の敷金を支払い、原状回復費用についても賃借人の負担を加重する特約を締結することによって、ペット飼育を許容する等という例は、よくあります。 ペットの飼育は、鳴き声などの騒音だけではなく、臭気などの問題もあり、さらに、猫の場合は、他の居室のベランダ等に入り込むこともあり、楽器よりさらに他の居室の住環境に影響しますが、それでも、上記のような居室毎に異なる契約が行われています。同様に、同じ賃貸マンション内であっても、ある居室にだけ時間や楽器の種類を制限するなどして楽器の演奏を許容することは、十分あり得ることである。また、複数の居室のある賃貸マンション内であっても、全ての居室の賃貸借契約が同一の管理業者によって管理されていないこともあり、このような場合は、契約内容を統一することはできません。ですから、Aさんには、Bとの契約が楽器演奏禁止だからと言って、他の部屋も楽器演奏禁止にしなければならない義務はないと思います。」とお答えしました。
Aさんが帰った後、早速裁判例を調べてみたところ、次のような裁判例がありました。
これは、都民住宅の入居者が、貸主に対して、貸主が他の居室の入居者の動物の飼育を放置したため居室の使用収益が阻害されたとして、貸主の契約違反を理由として損害賠償請求をした事案です。
「本件飼育禁止条項及び本件解除条項は、その文言によれば、賃借人がペットの飼育を禁止することを定めたものであって、賃貸人の債務、すなわち、賃貸人が賃借人に対し他の賃借人にペットの飼育をさせないことまでを定めたものではないし、また、「都民住宅の住まいのしおり」記載の動物の飼育制限条項は、同条項に先立つ冒頭記載にあるとおり、入居者相互が日常生活を送る上で守るべき規範を定めたものであり、これを超えて、賃貸人が賃借人に対し他の入居者にペットの飼育をさせない義務を負うことを定めたものとは解されない。
これに対し、原告は、被告は本件建物の入居募集の際、本件建物はペット禁止であると説明したので、原告はこれを信頼した旨主張する。しかしながら、上記認定した事実によれば、被告は、入居に先立つ説明会において、「都民住宅の住まいのしおり」記載の動物の飼育制限条項の内容を説明したに止まり、上記入居者相互の日常生活上の規範であることを超えて、住居の特色としてペットがいないことを強調したとか、被告が入居者にペットの飼育をさせない義務を負う旨の説明をしたなどの事実は認められない。そして、本件全証拠によっても、被告が、本件建物の賃貸に当たり、ペットの飼育禁止をことさらに強調して賃借人の募集をしたとの事実は認められない。
以上によれば、被告が、原告に対し、本件賃貸借契約に基づき、他の入居者にペットの飼育をさせない義務を負うとはいえない。この点についての原告の主張は理由がない。」
この裁判例によれば、Aさんあるいは管理会社が、Bとの賃貸借契約締結に当たり、住居の特色として楽器演奏がないことを強調したとか、Aさんが他の入居者に対しても楽器の演奏をさせないと約束したなどの特別の事情がない限り、Aさんは、他の居室の入居者に対しても楽器演奏を禁止する義務を負うことはないことになります。
今後、Bが納得しなければ、裁判となってしまうかもしれませんが、その結末については、後日お知らせします。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。







