

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
相続したマンションの賃貸借契約を解除できますか?債権者が分からない場合の賃料の供託
35年前に、まだ私が司法修習生だったころ、イラクがクウェートに侵攻して、これがきっかけとなって、下落し始めていた日経平均は暴落しました。
イスラエルとイランの開戦で、また同じことが起こるのかと思いましたが、日経平均は、今のところ堅調です。
まだ予断を許しませんが、これ以上戦火が拡大しないことを祈るのみです。
さて、今日は、賃料の供託のお話です。
最近、Aさんから、こんな相談を受けました。
Aさんは、1年前にAさんのお母様が亡くなり、お母様の遺産を巡って、1年間他の兄弟と遺産分割調停をしていましたが、やっと決着がついて、お母様の遺産である区分所有マンション1室を相続しました。
Aさんが、相続後に調べたところ、この部屋を賃借しているBが、Aさんのお母さんが亡くなった後から、約1年間賃料を支払っていないことが分かりました。未払いの賃料は、合計132万円に達していました。
そこで、Aさんとしては、この際、Bとの契約を解除して、新しい人を入居させたいと思っています。
Aさんの相談を受けた私は、「Bは1年間賃料を支払っていないので、賃料の支払いを催促しないで直ちに解除すること(これを、「無催告解除」といいます。)も可能だと思うが、念のため、一度賃料の支払いを催促して、それでも支払いがない場合に解除する(これを、「催告解除」といいます。)方がよいのではないか。」とお話ししました。
Aさんは、私のアドバイスどおり、Bに対して、2週間以内に滞納している未払い賃料全額の支払いを催促しました。
これに対して、Bは、Aさんに電話をかけてきて、「賃料は、お母様が亡くなるまで、お母様の預金口座に振り込んでいたが、お母様が亡くなって、お母様の預金口座が凍結され、振り込むことができなくなったので、どこに支払っていいか分からなかった。急に132万円を支払えと言われても困る。どこに支払ったらいいか分からなかったのは、Aさん側の事情だから、ちょっと待ってほしい。」と言ったそうです。
Aさんからこの話を聞いた私は、「Bの言っていることは、法律的には認められませんので、期限内に支払いが無かったら、解除していいですよ。」とお話ししました。
そもそも、Bは、「どこに支払ったらいいか分からなかったのは、Aさん側の事情だから、ちょっと待ってほしい。」と言っているようですが、このような事情があっても、Bが賃料の支払義務を免れるわけではありませんので、賃料の不払いという契約上の義務違反があったことは否定できません。
恐らくBは、「どこに支払ったらいいか分からなかったのだから、払うことは不可能なので、自分に責任はない。」と言うでしょうが、このような場合には、賃料を供託することができ、供託をすれば、賃料の支払いをしたことになりますので、Bは契約上の義務違反を問われることはありません。
賃料の供託とは、賃借人が、賃料に当たる金額を供託所に預けることです。
次のような事情がある場合には、供託をすることができます。
(1) 賃貸人が賃料を受け取らない場合
たとえば、賃貸人が賃料を月額9万円から10万円に増額する増額請求をしたのに、賃借人がこれを拒絶し、月額9万円の賃料を支払おうとしたところ、賃貸人が、「10万円でなければ受けとらない。」と受け取りを拒否したような場合です。ちなみに、賃料増額請求があっただけでは供託はできず、あくまで賃貸人が賃料の受領を拒んだという事情が必要です。
(2) 賃貸人が賃料を受け取ることができない場合
これは、賃貸人の行方が不明であったり、長期間不在であったりした場合です。
(3) 賃貸人がだれか分からない場合
これは、正にAさんのケースであり、相続争いで賃貸人が決まらず、賃借人が誰に払ったらいいか分からないという場合です。
(2)は、誰が賃貸人か分かっているが、その人が行方不明であるとか、長期間不在で、預金口座も分からないというような場合であるのに対して、(3)は、そもそも賃貸人が誰か分からないという場合です。
供託は、家賃を支払うべき場所の供託所で行います。
家賃を支払うべき場所は、契約書に記載されていますが、通常は、賃貸人の住所地ですので、賃貸人の住所地を管轄する法務局あるいは法務局の支局になります。
供託の方法としては、①法務局に行って供託する、②オンラインで供託する、③郵送で供託するという3つがあります。
詳しくは、法務省のHPを見てください。
さて、Aさんの話に戻りましょう。
結局、Bが期限までに未払い賃料を支払わなかったので、Aさんは、Bとの賃貸借契約を解除しました。
賃料は、本来毎月払うものですから、たとえAさんのお母様が亡くなって預金口座が凍結され、支払いができなかったとしても、その分のお金は残しておかなければなりません。
Bは、これを残しておかなかったのですから、解除されても仕方ないと言えます。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。