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完成当時、複線用としては国内最長!「生駒トンネル」

図は『奈良生駒ゆき電車線路案内』のうち、「石切駅」から「生駒駅」までの区間を切り出したもの。

「大軌」は、大阪と奈良を最短で結ぶため、「生駒山」に「生駒トンネル」を掘削した。完成当時、国内2番目に長い全長3,388m(複線用としては国内最長)のトンネルであった。レンガにより作られており、その使用数は約3,000万個にも及ぶ。大規模な岩盤崩落など工事は困難を極めたが、1914(大正3)年に竣工・開業となった。

写真は「生駒トンネル」の大阪側の入口と「日下駅」(のちの「鷲尾駅」「孔舎衛坂(くさえざか)駅」)。「日下駅」は「大軌」の開業から約2ヶ月遅れて設置されたため、路線図にはまだ描かれていない。

近鉄奈良線の「生駒トンネル」(以下・旧トンネル)および「孔舎衛坂駅」は1964(昭和39)年の「新生駒トンネル」開通で廃止となった。1986(昭和61)年開通の近鉄東大阪線(現・けいはんな線)の「生駒トンネル」は、旧トンネルの東側(生駒側)の一部区間を再利用している。旧トンネルは、2009(平成21)年「経済産業省」により「近代化産業遺産」に認定された。

昭和戦前期の「生駒トンネル」の大阪側の入口 昭和戦前期の「生駒トンネル」の大阪側の入口。
昭和戦前期の「生駒鋼索鉄道」 昭和戦前期の「生駒鋼索鉄道」。

「生駒山」にある「生駒聖天 寳山寺」は、大阪の商人などより古くから信仰されてきた古刹。大阪から参詣する場合、急峻な「生駒山地」を徒歩で越える必要があった。「大軌」が開業すると「生駒トンネル」の東側出入口のそばに「生駒駅」が開設され、1916(大正5)年に駅前から「寳山寺」へ向かう「新道」(新参道)が完成。さらに1918(大正7)年には「大軌」の系列会社「生駒鋼索鉄道」による日本最初の営業用ケーブルカー(現・近鉄生駒鋼索線、通称「近鉄生駒ケーブル」)も開業しさらに便利に。農村だった「生駒駅」周辺は賑わう観光地へ急速に変貌し、電燈が普及するなど近代化も進んだ。


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