沿線の歴史散策 INDEX

日本最初のラグビー専用グラウンド!「花園ラグビー運動場」

図は『奈良生駒ゆき電車線路案内』のうち、「深江駅」(現「布施駅」)から「石切駅」までの区間を切り出したもの。

1928(昭和3)年、『スポーツの宮様』として親しまれた秩父宮殿下が「大軌」ご乗車の際、役員に対し沿線にラグビー専用競技場の建設を提案した。まもなく再度のご乗車で建設を促されことから「大軌」は建設を決定、翌1929(昭和4)年、日本最初のラグビー専用グラウンド「花園ラグビー運動場」(当時の名称)が完成・開場した。開場に合わせて試合開催時の臨時駅として「ラグビー運動場前駅」を開設、1967(昭和42)年に常設の「東花園駅」となり現在へ至る。

「花園ラグビー場」は、1963(昭和38)年以降「全国高等学校ラグビーフットボール大会」の会場となり『高校ラグビーの聖地』に。2015(平成27)年に東大阪市の所有となり「東大阪市花園ラグビー場」へ改称。2019(令和元)年の「ラグビーワールドカップ2019」では、試合会場の一つとなり、開催に合わせて大規模改修が行われた。

完成当時の「花園ラグビー運動場」 完成当時の「花園ラグビー運動場」。
昭和戦前期の「瓢箪山稲荷神社」の「一の鳥居」 昭和戦前期の「瓢箪山稲荷神社」の「一の鳥居」。

羽柴(豊臣)秀吉が勧請したともいわれる「瓢箪山(ひょうたんやま)稲荷神社」。江戸期以降は「一の鳥居」前に南北に延びる「東高野街道」で「辻占(つじうら)」が行われた。「辻占」とは、辻に立ち、通りすがりの人々の言葉を元に占うもので、ここでは服装・態度・持ち物などを見て判じた。明治初期になると、宮司が紙のおみくじ『恋の辻占』を考案、全国の花街で広まり最盛期には月に数十万枚売れたという。神社の知名度も上がり、参道には茶屋や旅館が増え、明治後期には大阪近郊の行楽地として発展、「大軌」が開業すると「東高野街道」と交差する場所に「瓢箪山駅」が開設された。

現在「一の鳥居」付近は、商店街の「ジンジャモール瓢箪山」となっている。「東高野街道」は「国道170号」に指定されており、国内で2例しかないアーケード商店街を通る国道の一つとなる。


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