このまちアーカイブス INDEX

戦前・戦後に企業が進出、工場を開設

高槻・茨木には、大手企業が次々と進出し工場を構えるようになる。「湯淺蓄電池」(現「GSユアサ」)、「大日本紡績」がそれぞれ工場を建設。また、「寿屋」(現「サントリー」)の「山崎蒸溜所」では、国産初の本格ウイスキーが誕生した。


「湯淺蓄電池」の工場が高槻に MAP __

1877(明治10)年、石川県金沢市に生まれ、「東京帝国大学」(現「東京大学」)で学んだ湯淺七左衛門は、黎明期にあった蓄電池産業に着目、1915(大正4)年、大阪府堺市の「湯淺鉄工所」に「湯淺蓄電池製造所」を設け蓄電池の生産を行った。1918(大正7)年に「湯淺蓄電池製造」(現「GSユアサ」)を設立、その翌年、三島郡(現・高槻市)に工場を開設。1939(昭和14)年には、乾電池を製造する新工場も設けた。図は、昭和初期に拡張された「高槻工場」の全景。左下に「高槻駅」が描かれている。【図は1938(昭和13)年】

JR「高槻駅」に隣接した「高槻工場」は2005(平成17)年に閉鎖となった。跡地(写真右奥)を含む一帯では、2008(平成20)年に「JR高槻駅北東土地区画」が本格的に着工となり、翌年、愛称が「MUSE(ミューズ)たかつき」に決定、2012(平成24)年に街びらきとなった。2010(平成22)年には「関西大学」の「高槻ミューズキャンパス」も開設された。その後も民間施設の建設が進められ、2016(平成28)年に「MUSEたかつき」の全ての建物が竣工した。

絹糸工場から出発した「大日本紡績山崎工場」 MAP __

1926(大正15)年、「大日本紡績株式会社」の「山崎絹糸工場」が、現在の島本町で操業を開始。会社合併を経て、1969(昭和44)年に「ユニチカ山崎工場」となった。【画像は昭和戦前期】

現在の様子。1977(昭和52)年、統合により「大阪染工株式会社」が創業し、現在に至る。

日本のウイスキーの聖地「サントリー山崎蒸溜所」 MAP __

世界的なブランド「山崎」を生産する日本のウイスキーの聖地として知られる、島本町の「サントリー山崎蒸溜所」。「サントリー」の前身「寿屋」時代の1923(大正12)年に、日本初のモルトウイスキー蒸溜所として建設着手、創業者の鳥井信治郎は、スコットランドでウイスキー製造を学んだ、竹鶴政孝を所長に迎えた。ここでは、1929(昭和4)年に国産初の本格ウイスキー「白札」が誕生している。【画像は1930年代頃】

現在、工場内には資料などを展示する「山崎ウイスキー館」を併設し、見学も可能となっている。


「松下」「東芝」「明治製菓」などの工場が誕生

「芥川」沿いにあった「大日本セロファン 高槻工場」

写真は「芥川」沿いにあった「大日本セロファン 高槻工場」。戦前の1935(昭和10)年に「昭和透明紙 高槻工場」としてこの地に進出、戦後は国内最大手の商品包装用セロファンメーカーとなったが、昭和40年前後から赤字となり1968(昭和43)年に倒産。現在跡地には「コニカミノルタ 高槻サイト」「東レフィルム加工」などがある。
MAP __【画像は1956(昭和31)年】

戦後、高槻・茨木には、さらに多くの工場が進出することとなる。1952(昭和27)年に誕生した「松下電子工業」(現「パナソニック」)の「高槻工場」は、1954(昭和29)年に第一期工事が完成。世界有数の新鋭設備を持つ工場であった。 MAP __
この北側には、1955(昭和30)年に「明治製菓」(現「明治」)が「大阪工場」を建設。現在、この工場ではチョコレートの製造が行われている。 MAP __

また、茨木市には、1958(昭和33)年に「松下電器産業」(現「パナソニック」)の「茨木工場」が完成。テレビ製造の拠点となり、「テレビ事業発祥の地」として知られる。現在は工場としての役割を終え、2017(平成29)年に「ヤマトグループ」の総合物流ターミナル「関西ゲートウェイ」が誕生している。 MAP __

1956(昭和31)年には「日本専売公社」(現「JT」)の最新設備を備えた「茨木工場」が完成した。全工場の最高生産高を記録したが、1982(昭和57)年に操業を終え、現在は「イオンモール茨木」となっている。 MAP __
1961(昭和36)年には、東海道本線を挟み「日本麦酒」(現「サッポロビール」)の「大阪工場」も完成。当時の最新鋭の設備が導入された。こちらも現在は操業を終え、「立命館大学」の「大阪いばらきキャンパス」が誕生している。 MAP __

茨木市内に町名が残る「太田東芝町」は、かつて「東京芝浦電気」(現「東芝」)が「大阪工場」を置いていた。電気冷蔵庫の専門工場として、1961(昭和36)年に完成した。1970(昭和45)年には第二工場が完成。「東芝」の主力工場として操業を行ってきたが、2008(平成20)年に閉鎖された。跡地では「茨木スマートコミュニティ構想」のもと、エネルギー供給施設・公園・住宅・商業・文教・医療・福祉など様々な機能を持った開発が行われており、2019(平成31)年には「追手門学院大学」の「茨木総持寺キャンパス」「追手門学院中学校・高等学校」が開設、2021(令和3)年には「イオンタウン茨木太田」が開業している。 MAP __

1930(昭和5)年当時の『高槻町 芥川町 観光パノラマ地図』

図は1930(昭和5)年に作成された『高槻町 芥川町 観光パノラマ地図』。本ページでも取り上げている「湯淺蓄電池」「摂津農場」など、当時の主要施設がわかりやすく描かれている。図の中央下部が旧「高槻城」で、上部には「西国街道」が通る。黄色に着色された部分は宅地で、新たに区画された「新京阪住宅地」も描かれている。 MAP __(新京阪住宅地)【図は1930(昭和5)年】


次のページ 教育・スポーツ施設の誕生


MAP

この地図を大きく表示



トップへ戻る