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大阪の中枢「中之島」

江戸時代、「中之島」には大名の蔵屋敷が並び、大坂の経済の中心地となっていた。明治に入ると、この「中之島」に西洋建築が建てられ、時代を先駆けた地域となった。


「北浜の風雲児」岩本栄之助の寄付によって建てられた「中央公会堂」 MAP __

「北浜の風雲児」「義侠の相場師」という異名をもつ株式仲買人・岩本栄之助はアメリカを視察した際、富豪達が慈善事業のために巨額の寄付をしていることに感激し、父親の遺産と私財を合わせた100万円を「中央公会堂」建設のために大阪市に寄贈した。しかし、「第一次大戦」後の相場の激動のため岩本は大損害を被り、完成を待たずして、1916(大正5)年、39歳で自ら命を絶った。【画像は昭和前期】

「中央公会堂」は、1918(大正7)年に完成。「中之島」の景観に欠かせない存在となっている。

大阪初の洋式ホテル「自由亭ホテル」 のちに改称されて「大阪ホテル」となる MAP __

1881(明治14)年、中之島に「自由亭ホテル」が開業となり、1896(明治29)年、本格的な洋式の建築が完成し「大阪ホテル」へ改称。その後、経営や名称の変更を経て、1924(大正13)年、火災で焼失し廃業となった。明治・大正時代において、大阪の最高級の格式を誇るホテルだった。写真は明治後期、「土佐堀川」の対岸から望む「大阪ホテル」。右の建物は「大阪銀行集会所」、左奥に「大阪控訴院」の二代目庁舎が見える。【画像は明治後期】

現在、「大阪ホテル」および「大阪銀行集会所」の跡地には「大阪市立東洋陶磁美術館」が建っている。「大阪市立東洋陶磁美術館」は、1982(昭和57)年に設立された美術館で、「住友グループ」から寄贈された「安宅(あたか)コレクション」を中心に収蔵・展示している。

「大阪府立図書館」と豊臣秀吉像 MAP __

1904(明治37)年、「住友財閥」の住友吉左衛門友純の寄付25万円(建設費・図書購入費)により「大阪図書館」が完成、1906(明治39)年に「大阪府立図書館」へ改称した。ルネッサンス様式で、玄関にはコリント式円柱とペディメント(破風)をもつ。写真の右には、向かいにあった「豊國神社」の豊臣秀吉の銅像(1903(明治36)年建立)が見える。【画像は明治後期~大正初期】

「大阪府立図書館」は、1922(大正11)年に左右の両翼の部分が増築された。豊臣秀吉の銅像は、「太平洋戦争」中の1943(昭和18)年、「金属類回収令」により供出。2007(平成19)年、「大阪城公園」内の「豊國神社」内に再建された。「大阪府立図書館」は1974(昭和49)年に「大阪府立中之島図書館」に改称している。

上空から見た昭和20~30年代の「中之島」

写真の中央には「大阪府立図書館」が、その後ろに「中央公会堂」が見える。さらに奥には、「大阪城」の天守閣も小さく写っている。1879(明治12)年、現在の「中央公会堂」がある場所に「豊國神社」が建立された。1912(大正元)年、「中央公会堂」を建設するため、「豊國神社」は「大阪府立図書館」の西(写真の手前)に移転した。写真は昭和20~30年代の撮影。1961(昭和36)年、「大阪市庁舎」増築のため、現在の「大阪城公園」の隣接地、本丸の南に移された。【画像は昭和20~30年代】


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