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自由が丘の商業地としての発展

自由が丘は昭和初期に駅が開業して以降、周辺に学校や住宅が立地するようになり、駅前は商業地として発展。戦後はヤミ市でも賑わい、現在は洗練されたショッピングタウンとしても人気がある。洋菓子・和菓子の老舗・有名店があるほか、2003(平成15)年にはスイーツのテーマパーク「自由が丘スイーツフォレスト」もオープンし、近年は『スイーツの街』としても知られるようになった。


『スイーツの街』の下地を作った老舗「亀屋万年堂」 MAP __

写真は1938(昭和13)年創業の和菓子店「亀屋万年堂」の創業時のもの。1963(昭和38)年に発売された「ナボナ」は、1967(昭和42)年に「ナボナはお菓子のホームラン王です!」のフレーズで王貞治選手が出演したテレビCMで有名になり、現在に続く看板商品となっている。【画像は1938(昭和13)年】

写真は2015(平成27)年に改築された「亀屋万年堂 総本店」で、現在も創業の地で営業を続けている。

自由が丘には、1945(昭和20)年の戦後間もない時期に洋菓子店「モンブラン」が「碑文谷(ひもんや)駅」(現「学芸大学駅」)付近から移転してきた(「モンブラン」は1933(昭和8)年創業、日本でのモンブラン(栗のケーキ)発祥の老舗)。現在、自由が丘は『スイーツの街』とも呼ばれるが、その下地は「亀屋万年堂」と「モンブラン」が作ったといわれている。写真は2004(平成16)年に誕生した自由が丘のスイーツのマスコットキャラクター「ホイップるん」。2008(平成20)年にはきぐるみも登場し、現在もイベントなどで活躍している。

憩いの場となった「九品仏川緑道」 MAP __(撮影場所)

「九品仏川」は、「九品仏」付近を水源とし、目黒区と世田谷区の区境に沿って流れ、「自由が丘駅」南口付近を通り「呑川」に合流する河川。1970年代に下水道幹線として暗渠化工事が行われ、上部は「九品仏川緑道」として整備された。その後、緑道は放置自転車が問題となったが、1992(平成4)年には緑道周辺の電柱地中化などの整備事業が完成、1990年代後半頃から商店会がベンチを設置するようになると放置自転車も減り、現在では多くのベンチが設置され、地元住民や来訪者の憩いの場となった。写真は2010(平成22)年撮影の「九品仏川緑道」。【画像は2010(平成22)年】

戦前の商店街がヤミ市を経て「自由ヶ丘デパート」へ MAP __(自由が丘デパート)

駅の開業以降、周辺では商店が開業するようになり、1931(昭和6)年頃より各通りを中心に商店会が結成され、7つの商店会からなる「自由ヶ丘商店会連合会」も組織された。写真は1935(昭和10)年頃の「銀座会」(商店会)の様子で、左が現在の「自由が丘デパート」付近となる。【画像は1935(昭和10)年頃】

終戦直後のヤミ市から1948(昭和23)年に組織された「自由ヶ丘マーケット」(写真)は、1953(昭和28)年に地上2階地下1階の鉄筋コンクリート造りの「自由ヶ丘デパート」となった。【画像は1952(昭和27)年】

写真は1955(昭和30)年の駅前の様子で、写真中央奥の建物が「自由ヶ丘デパート」。【画像は1955(昭和30)年】

写真奥が現在の「自由が丘デパート」で、1970(昭和45)年に3・4階が増築されている。「自由が丘デパート」の西側(写真左側)の街区では、「自由が丘一丁目29番地区市街地再開発」が行われており、2025年度に完成予定となっている。

1961(昭和36)年に完成した「自由ヶ丘東急ビル」 MAP __

「自由ヶ丘東急ビル」は「東急不動産」が「自由ヶ丘駅」の駅前に建設したビルで、1961(昭和36)年に完成、銀行、生命保険、証券などの店舗・会社が入った。写真は「東急グループ」の「東光ストア」(現「東急ストア」)が経営していた「自由ヶ丘東光特選街」のパンフレットの表紙。地下に洋品店などの商店が、8階の「味の特選街」には老舗飲食店などの支店が入り、9階には高級中華料理店「東光菜館」が開店した。写真左下が「自由ヶ丘駅」となる。【画像は1961(昭和36)年】

「自由ヶ丘東急ビル」は、のちに「自由が丘東急プラザ」となり、2011(平成23)年に現在の「自由が丘東急ビル」へ改称している。

「マリ・クレール通り」の誕生 MAP __(撮影場所)

1982(昭和57)年、フランスのファッション雑誌『Marie claire』の日本語版『マリ・クレール・ジャポン』が創刊となった。「自由が丘南口商店会」ではイメージ向上や集客増を狙い、また、同誌のプロモーションも兼ねて提携することとなり、1984(昭和59)年に南口駅前の通りの愛称を「マリ・クレール通り」とした。写真はオープニングイベントの様子。【画像は1984(昭和59)年 / 『自由が丘マリクレール通りオープニングイベント模様』 / by Shirana / CC BY-SA 3.0

現在、通り名は「マリクレールストリート」となっている。1993(平成5)年からは、自由が丘版「パリ祭り」として毎年7月(1996(平成8)年からは5月)に「マリクレールフェスティバル」が開催されるようになり、現在は「マリクレールストリート」「九品仏川緑道」一帯で行われている。


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