江戸期の本郷一帯には、約10万4千坪もの敷地をもつ「加賀藩前田家上屋敷」があった。明治期に入り、このうち約9万1千坪が(旧)「東京大学」(のち「東京帝国大学」)の敷地となったが、残りの約1万3千坪、敷地の南西側一帯は、侯爵(華族の五爵の中で二番目)となった前田家の屋敷地として引き続き使用された。写真は1907(明治40)年、第16代当主・前田利為(としなり)が建てた西洋館で、完成した頃の撮影。この頃、日本館も整備された。
江戸期の本郷・小石川は、大名屋敷・武家屋敷が多数置かれており、明治期になると、その一部は華族や政治家、実業家などの邸宅となった。大正期には、都心近郊の住宅地として「大和郷」などが分譲された。現在、文京区内では、邸宅地・住宅地としての歴史を引き継いだ閑静な住宅地や庭園を見ることができる。