図は1934(昭和9)年の全通時に発行された『春ハ井之頭ヘ 帝都電鉄』に掲載された路線図。1939(昭和14)年、「小田原急行鉄道」は「東京横浜電鉄」の五島慶太氏を取締役に迎え、1940(昭和15)年に系列会社だった「帝都電鉄」を合併、帝都電鉄渋谷線は小田急帝都線へ改称。1941(昭和16)年3月、「小田原急行鉄道」は「小田急電鉄」へ改称となり、同年9月、五島慶太氏が社長に。1942(昭和17)年、戦時統制(「陸上交通事業調整法」)により五島氏が率いる「東京横浜電鉄」「小田急電鉄」「京浜電鉄」(現「京浜急行電鉄」)の三社が合併し「東京急行電鉄」(いわゆる「大東急」、現「東急電鉄」)が誕生、小田急帝都線は東急井の頭線(過去の史料では井之頭線、井ノ頭線の表記もみられる)へ改称となった。「大東急」は1944(昭和19)年に「京王電気軌道」(現「京王電鉄」)も吸収合併している。
終戦後、「大東急」の鉄道事業は戦時統制前の「東急」「小田急」「京急」「京王」の4社へ再編成されることになったが、「小田急」の路線であった井の頭線は「京王」の経営基盤強化のため所属が移されることに。1948(昭和23)年、「京王帝都電鉄」が設立され、路線名は京王帝都井の頭線となった。1998(平成10)年「京王帝都電鉄」は「京王電鉄」へ改称、「帝都電鉄」に由来する「帝都」の名称は使用されなくなった。