取引上において一般的・客観的に要求される程度の注意をしなければならないという注意義務のこと。
すべての取引においてこの注意義務が要求されるものではなく、この注意義務が要求される取引の種類は限られている。
1.善管注意義務の意味
善管注意義務とは、正確には「善良な管理者の注意義務」のことであり、民法第400条の条文に由来する。
民法第400条では、特定物(中古車・美術品・建物のようにその物の個性に着目して取引される物のこと)の引渡しの義務を負う者は、その引渡しが完了するまでは、その特定物を「善良な管理者の注意」をもって保存しなければならない、と定めている。
この民法第400条の趣旨は、例えば美術品の売買契約が成立した場合に、契約成立後から美術品の引渡しまでの期間においては、美術品の売主は、一般的・客観的に要求される程度の注意義務(すなわち善管注意義務)をもって保管しておかなければならない、ということである。
従って、契約成立後から美術品の引渡しまでの期間に、何らかの事情で美術品が破損したとすると、売主が一般的・客観的に要求される程度の注意義務(善管注意義務)を果たしていたかどうかが問題となる。善管注意義務を果たしていたのであれば、売主には過失がないことになるので、売主には債務不履行責任(民法第415条の責任)は発生しないことになり、破損による損失は危険負担(民法第536条第1項)として処理されることになる。
このように善管注意義務は、その義務を果たしていれば、債務者が責任を回避できるという点に実益がある。
2.善管注意義務が要求される場面
民法第400条では、特定物の引渡し前に善管注意義務が要求されると規定するが、これ以外にもさまざまな民法の条文で善管注意義務が要求されている。
具体的には、「留置権にもとづいて物を占有する者(民法第298条第1項)」「質権にもとづいて物を占有する者(民法第350条)」「委任契約の受任者(民法第644条)」などである。
3.善管注意義務よりも軽い注意義務
民法では、善管注意義務よりも軽い注意義務を要求する場合がいくつかある。
例えば、無報酬で物の保管を引き受けた者(受寄者という)は、その物の保管について「自己の財産に対するのと同一の注意」をなす義務を負う(民法第659条)。
また、親権者は子の財産を管理するにあたっては、「自己のためにするのと同一の注意」をなす義務を負う(民法第827条)。
このように「自己の財産に対するのと同一の注意をなす義務」「自己のためにするのと同一の注意をなす義務」と表現するのは、いずれも注意義務の程度が「善管注意義務」に比べて軽いということを意味している。
従って、例えば無報酬の受寄者が保管していた物を、その受寄者の不注意によって破損した場合には、受寄者の注意義務は軽いので、重大な不注意(すなわち重過失)があるときだけ、受寄者は損害賠償責任を負う。逆に、軽い不注意(すなわち軽過失)であるならば、受寄者は損害賠償責任を負わない。
本文のリンク用語の解説
建物
民法では、土地の上に定着した物(定着物)であって、建物として使用が可能な物のことを「建物」という。
具体的には、建築中の建物は原則的に民法上の「建物」とは呼べないが、建物の使用目的から見て使用に適する構造部分を具備する程度になれば、建築途中であっても民法上の「建物」となり、不動産登記が可能になる。
売買契約
当事者の一方が、ある財産権を相手方に移転する意思を表示し、相手方がその代金を支払う意思を表示し、双方の意思が合致することで成立する契約のこと(民法第555条)。
売買契約は諾成契約とされている。つまり、当事者の双方が意思を表示し、意思が合致するだけで成立する(財産が引き渡されたときに成立するのではない)。
また、売買契約は不要式契約なので、書面による必要はなく口頭でも成立する。
さらに、売買契約は財産権を移転する契約であるが、その対価として交付されるのは金銭でなければならない(金銭以外の物を対価として交付すると「交換契約」となってしまう)。
当事者の双方の意思の合致により売買契約が成立したとき、売主には「財産権移転義務」が発生し、買主には「代金支払義務」が発生する。両方の義務の履行は「同時履行の関係」に立つとされる。
売主
不動産の売買契約において、不動産を売る人(または法人)を「売主」という。 また不動産広告においては、取引態様の一つとして「売主」という用語が使用される。 この取引態様としての「売主」とは、取引される不動産の所有者(または不動産を転売する権限を有する者)のことである。
債務不履行
債権・債務関係において、債務が履行されない状態をいう。 例えば、売買契約において、代金を支払ったにもかかわらず、売主が物件を引き渡さないときは、売主は引渡し義務を怠っていて、「債務不履行」にあたる。 このような債務不履行に対しては、法律(民法)により、債権者が債務者に対して損害賠償を請求することができるとされている。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。 なお、債務の履行に代わる損害賠償を請求するには、次の条件を満たすことが必要である。 1.債務の履行が不能であるとき。(履行不能・履行遅滞・不完全履行の3形態がある) 2.債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。 3.債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
危険負担(契約における)
双務契約において、一方の債務の履行が責めに帰すことができない事由によって不能となったときに、他方の債務をどのように扱うかという私法上の問題をいう。
これについては、民法で、債務者が危険を負担すべきとされている。つまり、債務が履行できなくなったときには、債権者は反対給付を拒むことができる。これは、双務契約では給付と反対給付とがその存続に関して相互に関連しているから(存続上の牽連性)、一方の債務が消滅したときには反対債務も当然に消滅させる(反対債務者を拘束から解放する)のが適切であると考えられているからである。たとえば、やむを得ない事情で欠勤したときに欠勤者は賃金を請求できない。
なお、民法(債権関係)改正(施行は2020年4月1日から)以前は、不動産のような特定物の物権移転については、債権者が危険を負担すべきと定めていたが、この規定は削除された。
留置権
ある人が他人の物を占有していて、しかもその物に関係する債権を有しているときは、その人はその物を、その債権の弁済を受けるまでは債権の担保とするために、占有しつづけることができる。 この権利を「留置権」という(民法第295条)。
質権
債権の担保として債務者又は第三者から受け取った物を専有し、かつ、その物について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有するという担保物権のこと(民法第342条)。
なお、債権者が債務の弁済としてその物の所有権を取得するという方法を取ること(これを流質契約「りゅうしちけいやく」という)などは民法第349条により原則的に禁止されている。ただし質屋営業法ではこの流質契約を認めている。 質権は質権が設定される対象により、動産質、不動産質、権利質に分類される。
しかし動産を質に取ることは現在でも質屋で広く行なわれているが、不動産を質に取ることは現代ではほとんどあり得ない。従って不動産の実務上で重要なのは、権利に対する質権である。 例えば、金融機関が不動産所有者に融資をする場合には、不動産所有者が火災保険に加入し、その火災保険金の請求権について金融機関が質権を設定するのが一般的な慣行である。 つまり、万一不動産が火災にあった場合には、金融機関はこの質権を実行し、火災保険金から融資の優先返済を受けるということである。
損害賠償
違法行為によって損害が生じた場合に、その損害を填補することをいう。
債務不履行や不法行為などの違法な事実があり、その事実と損害の発生とに因果関係があれば損害賠償義務を負うことになる。その損害は、財産的か精神的かを問わず、積極的(実際に発生した損害)か消極的(逸失利益など)かも問わず填補の対象となる。
ただし、その範囲は、通常生ずべき損害とされ、当事者に予見可能性がない損害は対象とはならない(相当因果関係、因果の連鎖は無限に続くため、予見可能性の範囲に留めるという趣旨)。
損害賠償は原則として金銭でなされる。また、損害を受けた者に過失があるときは賠償額は減額され(過失相殺)、損害と同時に利益もあれば賠償額から控除される(損益相殺)。
なお、同じように損害の填補であっても、適法な行為(公権力の行使)によって生じた不利益に対する填補は、「損失補償」といわれて区別される。