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大阪東部の中核的な都市へ発展

八尾市・東大阪市一帯は戦後の高度経済成長期に全国有数の工業地域となり、大阪東部の中核的な都市として発展した。東大阪市は1967(昭和42)年に3市の合併で誕生、2005(平成17)年に府内で3番目の中核市となった。八尾市内の「竜華操車場」跡で2005(平成17)年度まで行われた土地区画整理事業では、大阪東部の新都市拠点としての整備も行われた。


「竜華操車場」跡は大阪東部の新都市拠点に MAP __

「竜華(りゅうげ)操車場」は、1938(昭和13)年、国鉄(現・JR)関西本線(大和路線)「久宝寺(きゅうほうじ)駅」付近に開設され、大阪南部の広域的な物資輸送の拠点となっていたが、1984(昭和59)年に物流の変化や鉄道施設の合理化により操車場機能が廃止された。写真は1956(昭和31)年頃の様子で、「久宝寺駅」の西側から「生駒山地」方面を撮影している。【画像は1956(昭和31)年頃】

広大な操車場の跡地で1997(平成9)年度から2005(平成17)年度まで行われた「大阪竜華都市拠点土地区画整理事業」では、大阪東部の新都市拠点として「生活・産業・文化を創造するまちづくり」を目指して基盤整備が進められた。現在、区画整理地内には「八尾市立病院」やマンション、商業施設、公共施設、公園、スポーツ施設などが誕生している。

東大阪市の誕生

1967(昭和42)年、広域行政の必要性が強まったことから布施市、河内市、枚岡市の3市が合併し東大阪市が誕生した。合併後は旧「河内市役所」が「東大阪市役所」となり、旧「布施市役所」は「西支所」、旧「枚岡市役所」は「東支所(旭町庁舎)」となった。写真は1964(昭和39)年に竣工となる「枚岡市役所」の建設中の様子。設計は坂倉準三氏。打ちっ放しの鉄筋コンクリートによる大胆なデザインで、関西を代表する優れたモダニズム建築であった。【画像は1964(昭和39)年頃】

「旭町庁舎」は老朽化や耐震性の問題から建て替えが決定、2018(平成30)年に解体された。写真は建て替え前の「旭町庁舎」。
MAP __【画像は2017(平成29)年】

2019(令和元)年、現在の「旭町庁舎」(写真奥の建物)が完成した。

市合併以来の念願であった市役所の総合庁舎は2003(平成15)年に完成。写真は完成当時のもの。2005(平成17)年には府内で3番目の中核市になった。
MAP __【画像は2003(平成15)年】

現在の「東大阪市役所」の総合庁舎。



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