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戦前の漁業・工業

砂浜が広がる鵠沼・辻堂の海岸では、古くより地引網漁が行われてきた。また「江の島」には磯があり、貝類・海藻類などの漁も行われてきた。こうした豊富な海産物は現在の藤沢・江の島の魅力の一つとなっている。戦前期の工業は、酒造や「関東特殊製鋼」「東京螺子製作所」(現「ミネベアミツミ」)などの工場があった。


「鵠沼海岸」の地引網漁

鵠沼や辻堂には砂浜が広がり、古くより地引網漁が行われてきた。また、「江の島」には磯があるため、サザエ、ハマグリなどの貝類、ワカメなどの海藻類、伊勢海老など、多様な漁が現在に至るまで行われている。写真は「鵠沼海岸」における明治後期から大正期の地引網漁の様子。現在は、観光地引網も行われている。 MAP __(撮影地点)【画像は明治後期~大正期】

近年、しらす料理が湘南のご当地グルメとして知られている。しらすは古くより「角干(畳いわし)」として加工されていたが、昭和40年代に冷蔵庫が普及すると「天日干し」も流通。平成期に入った頃からしらすを出す料理店が増えたこともあり、「生しらす」「釜揚げ」(写真は「釜揚げしらす丼」)などが人気となった。 MAP __(撮影地点)

合成清酒を製造した「大和醸造」 MAP __

1919(大正8)年、兵庫・伊丹の『白雪』で知られる酒造家・小西新右衛門が、現在の藤沢市城南に「大日本醸造」を設立。合成清酒の製造試験を行い製品化の目途がついたことで、1923(大正12)年に財界の協力を得て「大和醸造」を設立、『新進』という銘柄の合成清酒を製造した。合成清酒は米を使わないため、戦後の米不足の時代に多く造られた。【画像は1937(昭和12)年頃】

「大和醸造」は1961(昭和36)年、「三楽酒造」(現「メルシャン」)に吸収合併された。現在は「メルシャン 藤沢工場」として国内におけるワインの製造量の約1/3を生産する、日本一のワイン工場となっている。

国産で2番目となるモルトウイスキーを製造した「東京醸造」 MAP __

1924(大正13)年に設立された「東京醸造」では、当初は原酒に混ぜ物をしたイミテーションウイスキーやブランデーなどを製造していたが、1937(昭和12)年に国産で2番目となる本格的なモルトウイスキー「トミー」を売り出した。戦後、同業他社との競争が激化し1955(昭和30)年に倒産。工場は「寿屋」(現「サントリー」)、さらに「森永醸造」(現「福徳長酒類」)の手に渡ったのち、1960(昭和35)年に閉鎖となった。【画像は1927(昭和2)年頃】

工場があった場所には、1970(昭和45)年に「オーケー 藤沢店」が開店、現在に至っている。

「辻堂駅」北側に工場があった「関東特殊製鋼」 MAP __(テラスモール湘南)

1932(昭和7)年に鵠沼に誕生した町工場が、1936(昭和11)年に「住友金属工業」(現「新日鐵住金」)の系列下に入り、「小松熱錬工業」となった。この会社は藤沢町の協力を得て「辻堂駅」北側に新工場用地を取得、1938(昭和13)年に「関東特殊製鋼」となり、新工場が完成、鍛造ロールなどを製造した。【画像は昭和50年代】

2002(平成14)年の「関東特殊製鋼」の全面撤退の表明を受け、藤沢市は「湘南C-X(シークロス)都市再生事業」を開始、2012(平成24)年度に完了した。区域内にはマンション、商業施設、病院、公園などが誕生している。写真正面が商業施設の「テラスモール湘南」、左が「辻堂駅」。


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