図は1930(昭和5)年頃発行の『東武電車 沿線案内』のうち、「太田駅」から「伊勢崎駅」までの区間を切り出したもの。
東武鉄道は1909(明治42)年に「足利町駅」(現「足利市駅」)から「太田駅」まで、1910(明治43)年3月に「新伊勢崎駅」、同年7月に「伊勢崎駅」まで延伸し、現在の東武伊勢崎線がほぼ全通した。
太田は地域の経済の中心地として発展した町。江戸期には「日光例幣使街道」の宿場町としても賑わい、明治期に入ると「新田郡役所」も置かれた。産業は農業や養蚕、織物業が中心であった。町の北側、「金山」南麓の「大光院」は、江戸初期に徳川家康が呑龍(どんりゅう)上人を招いて創建した寺院。上人は近郷の貧しい家庭の子どもなどを弟子として育てたことから、のちに「子育て呑龍さま」として篤い信仰を集め、門前は参拝で賑わった。