「1964年東京オリンピック」開催時の「国立代々木競技場体育館」【画像は1964(昭和39)年】
1964(昭和39)年に開催された「東京オリンピック」(以下「1964年東京オリンピック」)のメイン会場は、渋谷に近い代々木・神宮地区と駒沢地区であり、このオリンピック開催によって、渋谷周辺は大きく変化した。
「1964年東京オリンピック」の期間中には、区内の「参宮橋」付近に「代々木選手村」が開設された。元々、米軍の「ワシントンハイツ」があった場所で、米軍との交渉を経て返還され、オリンピック開催時の選手村となり、9月から11月まで世界各国のアスリートが集まった。オリンピック閉幕後、一部は「オリンピック記念青少年総合センター」となり、青少年のための宿泊施設などに使われている。 MAP __(オリンピック記念青少年総合センター)
同じく、「ワシントンハイツ」の跡地を利用して誕生したのが建築家、丹下健三氏の設計による「国立代々木競技場体育館」。昭和を代表する名建築として有名なこの施設は、当時、世界に類のない高張力による吊り屋根方式を用いて建設され、観客席に柱が1本もない独特の構造に世界が驚いた。第一(本館)と第二(別館)の二つの体育館をもち、「1964年東京オリンピック」開催時には、第一体育館(オリンピックプール)で水泳競技が行われた。また、第二体育館はバスケットボール競技の会場となった。この二つの体育館はオリンピック閉幕後、様々なスポーツ大会の会場のほか、コンサートなど各種イベントでも使用されている。2021(令和3)年の「東京2020オリンピック」ではハンドボール、「東京2020パラリンピック」では車いすラグビーとバドミントンの競技会場となった。 MAP __(国立代々木競技場体育館)
写真左の建物が「LINE CUBE SHIBUYA」(「渋谷公会堂」)。建て替え前は右側のタワーマンション「パークコート渋谷 ザ タワー」の位置にあった。
「ワシントンハイツ」の跡地には、会場となった施設がもう一つ建てられた。それが同年に完成した「渋谷公会堂」。ここではウエイトリフティング競技が開催され、三宅義信選手が、大会での日本人金メダル獲得第一号となる舞台になった。建て替えのため、2015(平成27)年に一旦閉館となり、2019(令和元)年に新しい「渋谷公会堂」が開館、命名権により「LINE CUBE SHIBUYA」と呼ばれるようになった(建物の位置は新旧で若干異なっている)。 MAP __(旧・渋谷公会堂の場所)MAP __(LINE CUBE SHIBUYA)