憧れの2シーターを今こそ堪能する。
ロードスターで楽しむカーライフ
仕事に子育てに忙しい30代・40代。時の流れは速く、子どもたちが自立していくのはあっという間だ。ふと気づくと、時間にも少しゆとりができ、何やら身軽になったような。でも、これからは親の介護が本格的になるかも知れない……。そんな時こそ、やるべきことをやり、本来自分が好きだったことも捨てず、大切に時を紡ぎたい。今回は、そんな想いを胸に、憧れのロードスターを駆って楽しむ小林さんを取材した。
青春時代の憧れ。でも、買えなかった「ロードスター」
小林さんは1989年、マツダから「ユーノスロードスター」が発売されたときの高揚感を忘れない。
もともと車が好きだった小林さんは、中でも小さくて軽いスポーツタイプが好みだ。
「イギリスの古い車、たとえばMGやトライアンフみたいに、キビキビ気持ちよく走るライトウェイトスポーツカーが好きでした」
しかし、1970年代に始まった排ガス規制や、自動車の安全基準に関する取り組みにより、車重は増え、エンジンも環境や燃費を重視するようになっていく。やがて、ライトウェイトスポーツカーはひとつ、またひとつと姿を消していくことになった。
それを、マツダが「ユーノスロードスター」という形で復活させてくれたのである。
ロードスターを一目見て気に入った小林さんだが、実はその時、即購入というわけにはいかなかった。前年の12月には長女が誕生したばかり。3人家族には、2シーターのロードスターは適さなかったからだ。
「さっそく購入した独身貴族の友人に乗せてもらいましたが、もう本当に羨ましかったですね。いつか、いつか、必ず乗りたいと思いました」
好きなことができるタイミングではなかった。
ここ数年前までは
だが、夢を叶えるタイミングはそう簡単には訪れなかった。仕事に、子育てにと毎日楽しくも忙しい日々は続き、ほかのどの家族にもあるようなたくさんの喜怒哀楽を積み重ねているうちに、時は流れた。
そして、小林家にいくつかの悲しい出来事が起きる。
2010年の秋、小林さんの実家が火事に遭った。その翌年には弟さんが亡くなり、さらにその翌年にはお父様が亡くなるという不幸が続く。実家にはお母様がひとり、残されてしまった。お母様はまだそれほど介護を必要としているわけではなかったが、この状況で独りにしてしまうのは心配だった。近い将来はもっと、介護の手が必要になってくるだろう。
さまざまな選択肢の中で小林さんが選んだのは、自身が実家に戻り、お母様の様子を見守りながら仕事を続けるという道だった。川崎にある自宅へ帰るのは週に一度ほど。奥様は、週に何度か小林さんの実家に通いつつ、生活の基盤は川崎に置く。もう4年ほど、そんな生活が続いている。
「夫婦別居で、実家で介護」と聞くといかにも大変そうなイメージが漂うが、小林さんは至って明るい。小林さんはお母様と暮らし、奥様は地域の介護サービスを調べ、デイサービスなどを手配。二人三脚でお母様をサポートしつつ、自分たちが楽しむ時間も手放さないようにしている。庭の小さな畑で野菜を作ったり、写真を撮るなど趣味を多く持ち、次の休日をどう過ごすかを楽しみにしながら働いているのだ。
つまり、夢は捨てていなかった。
そしてついに……。
訪れたチャンス。念願の一台が、ガレージに
「川崎の自宅にも車を置いていますが、普段は妻が使っているでしょう? 私がこちら(実家)で生活するようになってから、足として軽自動車でも買おうかと思っていたんです。そのとき『ちょっと待てよ』と閃いてしまって」
小林さんの顔がほころぶ。
「軽自動車じゃなくてもいいよね! 予算内であれば、自分の好きな車を買っていいわけだよね! と思っちゃったんですよ」
そうだ。ずっと夢だった、ロードスターを買ってもいいじゃないか。子どももすでに独立した。2シーターでも十分だ。遠方の旅行など、荷物が多い時には妻が使っている車で行けばいい。
予算は軽自動車を買うほどしかなかった。だが、ロードスターであれば人気車とあって中古市場に流れている台数も多い。「ロードスターを買う」という目的を遮るものは何もない。今がチャンスだ。そうなると、矢も盾もたまらなかった。
2013年6月、小林さんの元に、中古のロードスター(1998年製・NB)がやってきた。購入時、すでに走行距離は11万キロを超えていたが、以前のオーナーもいろいろ手を加え、愛情を持って乗っていたことがわかる一台だ。
一目惚れから、24年の歲月が経っていた。
いま、小林さんは、普段の買い物に、お母様の通院のお供にといった「生活の足」として乗るとともに、奥様と一緒に大好きな古民家巡りをしたり、趣味の写真撮影に行くなど、行動範囲を広げて楽しんでいる。そうこうするうちに、AT車ばかり乗っていた奥様もロードスターのファンとなり「どうしても自分で運転したい」と一念発起。苦手だったマニュアル車の練習を重ね、いまではすっかりロードスターに馴染んでしまったという。
人間っぽくて親しみのわく「愛馬」のような存在
さて、一体ロードスターの魅力とは何なのだろうか。
「『人馬一体』と言われるロードスターのコンセプト、そのものです」
永く憧れていたロードスターだが、乗ってみるとますますその魅力は尽きない。軽い車重で、ハンドリングは軽快だ。右に切ればさっと右へ、左に切れば左へと、馬の乗り手と馬の呼吸がぴったりと合うようなフィーリング。これこそがロードスターの真髄だと言う。
もちろん、フェラーリやポルシェなどに比べれば、馬力も少ないし、スピードも出ない。そんなロードスターが「人間っぽくて乗っていて楽しい」と小林さんは感じている。
オープンにすれば、突然の雨で大慌てをしたり、うるさくて音楽も満足に聴けなかったり、暑かったり寒かったり。けれども、天気も気分も良い日に乗る爽快感と言ったら、どうだ。風を切って走れば自然との一体感を感じられる。太陽を感じて走る開放感もある。インテリアも収まりがよく、シートのステッチや化粧ボルトなど、ディテールひとつひとつにこだわりや洒落っ気があるのも、小林さんには嬉しい。車は人を場所から場所へ運ぶツールだが、移動する間も楽しめることを、ロードスターは教えてくれる。
「もともと古いものが好きなのですが、さすがにクラシックカーのオーナーとなると少し荷が重い。その点、ロードスターは気楽に楽しめて、適度なこだわり感もあり、昔のイギリス車を彷彿とさせる感じがいいですね。もしまた買う機会があっても、新型ではなくNA(最初期)かNBがいいなあ」
ロードスター愛に燃える人たちとの輪が広がる
ロードスターに乗ってから、小林さんはさらにその奥深い世界を知ることとなる。
納車前に加入した全国的なクラブは、組織が大きく、定期的にミーティングがある。小林さんも2014年から軽井沢で開催されるミーティングに参加。全国のロードスターオーナーたちと親睦を深めている。
(軽井沢ミーティング=関東圏のクラブ他有志20名による「軽井沢ミーティング実行委員会」主催のイベント)
ミーティングには、愛好者とのふれあいがあるだけではなく、メーカーであるマツダからも開発技術者などが顔を出す。開発の裏話や想いなどが聞けるとあって、ファンにとって貴重な機会となっている。
「どこのメーカーでもそれなりにやっていることですが、ロードスターの場合、メーカーも一体となって盛り上げてくれる感じがより強いのではないでしょうか」
参加台数も多いぶん、その規模は相当なものだ。2016年の軽井沢ミーティングには実にロードスター1,360台、ロードスターを愛する人たち2,360人が集結したというから驚く。
そのミーティングでは「ROADSTER OWNER'S CLUB OVER40'S」というクラブの会長と知り合いになった。このクラブの入会条件は「戸籍上の年齢で40歳以上」「俗世間での名刺の使用禁止」とのこと。条件をクリアして、早速入会。月に一度は、夫婦ともども、メンバーとロードスター談義に花を咲かせるという楽しみが増えた。
「ロードスターを買ったら、車に乗る楽しみだけではなく、人の輪も広がりました。実に深い世界で驚きました」
80歳になっても集いたい!ロードスターを駆って
さて、小林さんもいわゆる「後半戦」に差しかかってきた。これからもいろいろなことはあるだろう。
ロードスターに乗るたびに「この車は低いねぇ。スポーツカーなのかい?」と問うお母様が、いきなり座って腰を打たないよう乗降指導をするのも、毎度のことになった。まだまだ元気でいて欲しい。だから何度でも同じ会話をしようと思っている。
これから、ロードスターをどう楽しんでいきますか? と、小林さんに聞いてみた。
「この車でちゃんと広島まで走っていけるよう、その時まで車と我が身をばっちり整備しておこうというのが、差し当たっての目標かな」
ロードスター愛好者なら知らない者はいないだろうが、広島県三次市のマツダにある試験場で10年おきに開催される「Anniversary Meeting」というイベントがある。次の開催は3年後の2019年。ロードスターは誕生から30周年を迎える。小林さんの愛車は、その頃には新車登録から20年を超えることになるだろう。
「OVER40'S」には80歳を超えている方もお二人おり、往復1,000kmを超えるようなツアーにも元気に参加されているとのこと。お一人は「3年後の広島に行くぞ」と力強く宣言。先輩の頑張りに、小林さんも奮い立つ思いだ。
さらに、ロードスターが生まれて半世紀となる「Roadster 50th Anniversary Meeting」が開催されるのは、今から23年後。小林さんは80歳を超える。
「その時に、あの車と自分自身は広島に走っていけるだろうか?」
風を切って走る80歳の自分とロードスター。考えただけでもワクワクすると言う。
小林さんの夢は、ロードスターとともにあり、いつまでも尽きることはなさそうだ。
(取材・文 宗像陽子 撮影 金田邦男)