羊毛で作る猫人形に
自由で気ままな生命を吹き込む

イベントや、テレビ番組などで大きくてリアルな猫の頭の被り物をかぶった人を見たことはないだろうか。ゆるキャラとは違うリアルな猫ヘッドで、体は人間なのが妙に強烈なインパクトを与える。その猫ヘッドの作者である造形作家の佐藤法雪さんにお話を伺った。

佐藤法雪(さとうほうせつ)
猫人形作家。1973(昭和48)年生まれ。千葉県出身。日本羊毛アート学園で猫人形の作り方を指導

リアルな猫人形にこだわり30年

住宅街の一角にあるそのアトリエをのぞくと、ガラス越しに大きな猫の人形の頭が見える。道を通り過ぎる人が思わず二度見することもしばしば。猫が遊んでいる様子が見えると思えば、それも人形だ。これらの造形物の作者が佐藤法雪さんである。

法雪さんが、猫のリアルな人形が欲しいと思ったのは高校生のころだというから、30年ほど前のこと。母親を驚かせてやろうという遊び心で、本物に近い猫の人形を探したが、「これだ」と思えるものはなく、キャラクター化された招き猫のような人形があるばかりだ。もしその時にリアルな猫の人形が世の中にあれば、法雪さんがこれほど長く猫人形の創作に取り組むことにはならなかったのかもしれない。

「猫は神秘性のある生き物だから、人間には作れないんだよ」と法雪さんに言う友人もいた。小さいころからモノ作りが好きだった法雪さんは、次第に「自分で作ってみたい」と考えるようになった。

二十歳過ぎたころには、新聞配達、ファミレス、自動車工場、PCの修理工場、半導体の工場で細かい作業にもつくなど、様々な仕事を経験していたが、趣味でコツコツと絵を描いたり、粘土をこねてはモノ作りを続けていた。あれこれ作っては最終的には猫にチャレンジするが、どうしても納得のいくものが作れない。
「それが何か悔しくてね。なんだかんだとずっと作っていましたよ」

一応形が完成しても、「何かちがう。これじゃない」と感じる。粘土、石膏、彫刻と土台も手法もいろいろと変えていく。毛並みはどうしたらいいだろう。ヘラで毛並みを描いてみたり、フェイクファーを買って粘土の上から張り付けたりして工夫をする。布団綿、手芸綿で中の芯を作って形作り、1本1本毛を植えるような地道な作業を続けた。

朝倉文夫の彫刻との出会い

法雪さんはさらに、猫のひげを細く作ってみたり、ガラスを何層も重ねて猫目を作ったり、リアルに近づけるために、様々なものを使って試行錯誤を続けていた。しかし満足のいく作品にはならなかった。そんなときに出会ったのが、朝倉文夫の彫刻だった。

朝倉文夫は、明治から昭和にかけて活躍した日本屈指の彫刻家である。その朝倉文夫の作った猫のブロンズ像を見たとき、法雪さんは大変な衝撃を受けたという。

「ブロンズ像の猫でした。石膏や粘土で作られた彫刻をかたどりして、金属を流しこんで作ったものです。硬い金属なのに、自分の作った羊毛の猫よりもしなやかで柔らかく感じる。冷たいはずなのに、温かそうで、触ったら心臓がどきどきいっていそうな感じがしました。毛並みもなく、造形力だけでこんなにも野良猫の躍動感、生命感、プライドや孤独感、温かさを出せることに衝撃を受けました。負けた、自分のやっていたことは間違っていたと思いました」

ほかの作家の作る猫のように、かわいさや上品さの誇張もない。「猫、そのまんまじゃん」という驚き。

「それまでの私は、精密に細かいパーツを作り上げて、それらを合体させればリアルになると思っていましたが、それが完全否定されたのです。もっと生命感を捉える造形力をつけることが、自分には必要だと思いました。そして余計なものをつけるのはやめ、ひげをつけるのもやめました」

実はその当時、法雪さんは猫のひげに苦心をしていた。

猫にとってひげは、センサーでもあるし、気持ちが如実に現れるものでもある。何かに迫っていくとき、ひげは前のほうにクッとアンテナのように突き出る。ところが作り物のひげは、重力で下がってしまう。猫のひげがたらんと下がっているときは、猫はつまらないと感じているときだ。
「興味津々で今にもとびかかろうとしているときに、ひげが下がっているのはおかしいんですよ。ひげが前に行くように固定したりしていたんですが、そうすると移動のたびに折れる。それでひげを何とかしたいという気持ちがありました」

ところが朝倉文夫の猫のブロンズ像には、ひげはなかった。猫目もヘラで黒目を書き込んであるだけだった。ひげも、ガラスの目がなくても、全体のフォルムがそろっていれば十分猫の生命感が出せるのだと気づかせてくれた。

法雪さんの第二の猫人形作りは、そこからスタートした。

鍼灸師の資格を取り、治療院に勤めていたこともあり、人体の筋肉や骨のつき方について勉強をしたことが役に立った。野良猫を見れば、体毛の下の筋肉骨格をイメージできるようになっていた。それからさらに、造形力を磨き、全体のバランスを整えることを何度も繰り返した。次第にリアルな猫の理想に近づいていった。

法雪さんの作る猫は評判になり、専門学校の先生を求めているところから請われて、日本羊毛アート学園を設立し、猫人形の作り方を多くの人に教えるようになった。

折しも時代はゆるキャラブームで、猫を模したゆるキャラがたくさん世の中に出てきたころだった。しかしどれも法雪さんにとっては「これじゃない」と感じるものばかり。ある時、遊び心で大きなリアルな猫の頭を作ってみたところ、生徒が皆楽しそうに笑った。「被り物にしたらどうだろう」と盛り上がり、中をくりぬき、かぶってみたところ皆が面白がり、次々とかぶっては写真を撮り、遊び始めた。体は人間で、顔がリアルな猫というそのフォルムのインパクトが強かったのか、ツイッターにあげたところ、あっという間に世界中に広まった。こうしてリアル猫ヘッドが誕生した。

グリーフケアとしての猫人形

猫ヘッドが有名になるにつれ、法雪さんの作る猫人形も世の中に認知され、猫人形をオーダーする人が来るようになった。羊毛人形のブームにのって興味を持った人も多かったのだが、中には愛猫を亡くし、面影を求めて写真などを手に法雪さんのもとを訪れる人もいた。愛猫と同じ人形を作ってほしいというオーダーである。

しかし、オーダー主の心を満足させる作品を作るのはむずかしかった。なぜなら飼い主側には思い出の中に生きる猫の情報が果てしなくある。餌を欲しがるときの訴えるような甘え顔。しくじりをしたときのごまかしたような顔。怒ったときの顔。ゆったりと身を任せてくるとき。甘えの感情が高まって噛んだり爪を立てる瞬間。その猫ならではの癖は、飼い主でなければなかなかわかるものではない。
法雪さんがどれほど技巧を尽くして作ってもペットを亡くし、ペットロスに苦しむ人の心の空洞は満たされることはなかった。

そこで、法雪さんはそういった人たちにはオーダーを受けるのではなく、法雪さんの教室で猫人形を作ってもらうようにした。

もちろん、いきなり芸術家のような作品ができるわけではない。出来上がった作品が、第三者から見れば、本物とは似ても似つかぬものであることも少なくはない。それでも、自分自身の中にある思い出の猫と対話をしつつ少しずつ作品を仕上げていくことで、作品は思い出とシンクロし、気持ちはいやされていく。作品が完成に近づくにつれ「そうそう。こういう顔をしていたのよ」と、生徒は次第に穏やかな笑顔を見せるようになっていくという。

「心に空いた穴というのはなかなか埋まらないが、自分で猫人形を作ることで、時間をかけてその穴が埋まっていくんです」

自分の心のままに猫人形を作り続けてきた法雪さんにとって、猫人形がグリーフケアに役立つとは考えもしないことだった。技術を磨くだけではなく、人に教えることでまったく新しい世界が広がったと法雪さんは感じている。

ストーリーのある作品を作りたい

今にもとびかかろうとしたり、ゴロゴロと転がっていたり、真剣に何かにじゃれていたり。そんな猫の日常の一瞬が切り取られているのが法雪さんの猫人形の魅力だ。
「ただ突っ立っている猫だけを作っても、はく製の猫が並んでいるようなものでおもしろくないですから」。躍動感があるだけではなく、吐いたり、鼻をこすりつけたり、目やにがこびりついていたり、鼻水が出ていたりといったリアルすぎるくらいリアルな猫にこだわるため、時には「猫はもっとぬいぐるみのようにかわいくてふわふわした生き物なのに、あなたは猫の良さをわかっていない」と言われることもあるそうだ。しかし、「かわいいは正義」とでもいうような風潮に抗いたい気持ちが、法雪さんにはある。「かわいいという価値観の均一化を強制されるのはすごくいやなんです」という。

かわいいだけのものは、すぐに飽きる。猫は、目が丸くて大きいからかわいいわけではなく、存在そのものがかわいいのだと法雪さんは感じている。だからこそあるがままを作りたい。特に7年前から猫を飼い始めてからは、その気持ちが強くなった。

今まで、法雪さんが飼った猫は2匹。2匹とも保護猫だ。1匹は生まれつき右目がなく、もう1匹は心臓肥大で喘息のため、走るとすぐに呼吸音がヒューヒュー鳴りだす。特別美猫というわけではないし、餌をやれば食べた先から布団に吐かれるし、毛の中に顔をうずめれば、時々おしっこ臭かったりもする。「だけど、そのこと自体がかわいいんです」と法雪さんは、ちょっぴり恥ずかしそうに笑う。

猫ヘッドが評判になって、忙しすぎて体を壊したこともあり、今は猫ヘッドよりも猫人形をメインに創作している。生まれたばかりの猫が次第に大きくなって、やがて老い死んでいく。そんな猫の一生を表すストーリーのある作品に注力したいと考えている。

猫は死んだあとどうなるのだろうか。魂はどこへいくのか。猫のままか。人間に生まれ変わるのか。いや、違う。その答えは、まだ見つかっていない。

「僕の生き方の基本は、期待されることや自分のやりたいことに対して『何かちがう』と感じ、耳を澄ませるところにあります。その時々の答えを探してやり続けている。それがなにがしかの形になったときというのが、自分にとって一番幸せなときですね」

猫のあるがままを受け入れ、見つめ、今日も答えを探し続ける。

(取材:文 宗像陽子 撮影:金田邦男)

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