ビートルズを愛し、歌い、集い、
平和のメッセージを発信し続ける

若いころ、夢中になったバンド活動。その後、結婚し働き、子育てをして、いつの間にか遠のく青春の思い出。そんな人も多いのではないだろうか。今回は、ビートルズのカバーバンドのボーカルとして楽しみつつ、様々な挑戦をしている女性を取材した。

戸谷章子
東京都出身。1958年生まれ。幼児の「考える」を応援する教室MJキッズ、児童発達支援KNOT代表。ビートルズカバーバンドでライブを行う一方、チャリティーイベントを主催し、ビートルズの『愛と平和』のメッセージを発信している。

文化祭で活躍。ガールズバンドの走り

ちょっと高めの、鈴を転がすような声で心地よく話をすすめてくれる戸谷さんは、現在幼・小教育の塾の経営者である。一方、趣味でビートルズのカバーバンドを楽しむ。

初めて戸谷さんがビートルズに出会ったのは中学1年のころ。友達の家で「ハロー・グッバイ」をEP版のレコードで聞いた。「なんて楽しい歌だろう」と思った。「今はもう少し違う曲が好きですけれど」と屈託なく笑う。ビートルズは、子どもからシニアまでを虜にする魅力のあるグループだが、いつ、どの歌に感銘を受けるかは、それぞれ違うようだ。

初めて出会ってそのままビートルズにはまったわけではなく、そのころ夢中になったのは、日本のバンド「チューリップ」。初期の「チューリップ」は和製ビートルズと呼ばれるバンドだった。まだ「心の旅」が爆発的に売れる前の話である。渋谷ジァン・ジァン、RUIDOといった小さなライブハウスに通いつめ、「チューリップ」の追っかけをしながら、戸谷さんはビートルズの歌を多く知ることになる。

中3になると友達とバンドを組み、自らギターを抱えマイクを握るようになる。高校の文化祭では、チューリップの弟分とも言われていた「がむがむ」をコピーするなどして注目を集めた。卒業アルバムには「田舎美人のレコード出たら買ってね!」と書く、明るく無邪気な女子高生だった。「田舎美人」というのは当時の戸谷さんのバンド名だ。

「チューリップからビートルズに興味を持ちはじめて、アルバムを全部そろえてという感じだったかなあ」と、当時を懐かしむ。

子育てを経て再びバンド活動へ

大学卒業後結婚。夫は同じ音楽の趣味を持ち、戸谷さんの最大の理解者であり、協力者であり、同志であった。

女の子3人の子育て中に出会ったのは、ゴスペルだった。「楽器はないし、後ろのほうで口をパクパクしていればいいかなーと思って(笑)」始めたが、年間30回ほどライブをする程度に夢中になった。

後年、ビートルズの歌を再び歌うようになるとは、そのころ思ってもみなかったという。
「エレキギターなんて持ったこともないし、英語の歌は歌えないしと思っていました」。しかし、ゴスペルを習うことで、まず英語の歌が歌えるようになった。

その後、子育ての合間に、高校時代のバンド仲間とライブハウスにも通うようになる。六本木には、ビートルズのコピーバンドが毎日演奏しているビートルズ専門の店があり、リクエストを出すと歌ってくれる。そこに通ううちに、ビートルズファンの知り合いがたくさんできた。バンドをやりたい気持ちもムクムクと湧き出てくる。50歳を過ぎてからエレキギターにも挑戦、友人と長女と4人で合わせてみると、「これが意外とよかったんです!」

ゴスペルで声を合わせる練習を続けていたせいか、すんなりとはまる。「今までのビートルズバンドにない、結構いいものができたんじゃない?」と女子高生のように盛り上がる。結成2年目で、毎年リバプールで行われるインターナショナル・ビートルウィークにエントリーをしたところ、エントリー通過。ビートルズ出生の地、キャバンクラブ等で歌うこととなった。様々なイベントも企画するようになる。
「何というか、昔から無謀なことにチャレンジしたり、イベントを企画したりするのが好きなんですよね」と戸谷さんは笑う。

編曲もメンバーも自由自在に楽しむ

ビートルズの魅力は、聞いて楽しいのはもちろんだが、ビートルズ好きな人が集まれば、初めて会った人同士でも、パッと合ってしまうことかなと戸谷さんは感じている。

何もかもぴったりビートルズに似せるコピーバンドがある一方で、自由に編曲をするカバーバンドがある。女性ということもあり、戸谷さんはカバーバンドとして自分たち流に楽しむようになり、全国各地のライブハウスで演奏をする。
「私は結構ハードロックも好きなので、ハードロックバージョンにすることもあれば、アコースティックの弾き語りをやったりすることもあります。ボーカルの私とドラム以外のパートは、その都度違うメンバーで楽しんでいます。大きなステージや難しい曲の演奏のときにはプロの方といっしょのバンドでやりますし、こういう感じでやるならあの人と。今度はこういう感じでやりたいからこの人と、という具合に、ビートルズという音楽は、みんなで自由自在に楽しめるんですよね」。老若男女誰でも楽しめて、ビートルズというキーワードでさっと集まれる。それが、実はビートルズの最大の魅力なのかもしれない。

夫の死と、「ディア・プルーデンス」

戸谷さんの本業は、塾の経営である。第3子が中学に入学した2005年から、自身の子育ての経験を活かして当時としては珍しい幼・小連動の塾を始め、子ども一人ひとりの特性が生かされるような指導を続けている。「自然に触れさせる。科学的な力を養う。多角的に物事を見る力を養う」といったことに重点を置く、一般のお受験塾とは一線を画す塾だ。

子ども達の教育を考えるにつけ、世界には学校にも通えない貧しい子や5歳まで生きられない子もたくさんいるという事実に目を背けてはいけないと思うし、目の前の子どもたちにも伝えていかなければならないと感じるようになる。

子ども達にもビートルズの想いを伝えたい。子ども達同志が異文化交流をできるようなライブを行いたい。そんな決意で着々と準備を進めていた2018年12月に、最大の理解者であり、支えてくれていた夫、卓朗さんが急死した。

戸谷さんは打ちのめされる。決まっていたライブだけは何とかこなしたものの、大きなイベントに夫の力が欠かせなかっただけに、何もかも計画が白紙になり、喪失感が大きかったという。そんなときに救ってくれたのは、やはりビートルズの音楽だった。

「『ディア・プルーデンス』は難しいので、1年くらい練習をしてやっと人前で歌えるようになった歌です。評判がよく、なんとなく歌っていたのですが、実は引きこもっている女の子にジョンが外に出てきなさいと呼びかけている歌でした」

ビートルズがインドの瞑想教室に参加していた時、同じクラスにいたプルーデンス・ファロー(女優ミア・ファローの妹)があまりにも瞑想に入り込みすぎていたため、外に出て遊ぶよう誘った歌だったという。

「外は明るくて、気持ちがいいよ。目を開けてごらん。笑ってごらんという歌詞なんです。ああ、これは自分に対しての曲なんだなと感じるようになりました。この曲が自分に生きていく勇気を与えてくれたと思います」

戸谷さんは、もともと六本木のビートルズ専門の店ABBEY ROADでライブ「Gig Me Do!」を行なっていたが、2019年のイベントに向け、立ち上がることとなった。
そして、戸谷さんは「All we are saying is give peace a chance」というジョン・レノンのメッセージのもと、音楽の力を通して、愛と平和を呼びかけることを目的として、「Gig Me Do!イマジンプロジェクト」を横浜ランドマークホールという大きなハコで開催し、大成功をおさめた。「イマジン」に乗せた子どもたちの動画を、ユニセフから提供してもらうことができ、後援が得られたことも大きい。当日は、たくさんの子ども達とステージにあがり、ジョン・レノンの残したメッセージである「Love&Peace」を呼びかけ、寄付金を募った。収益は神奈川県ユニセフ協会を通じて、世界の恵まれない子どもたちの支援に充てられた。

ビートルズ、そしてジョン・レノンのメッセージの力を知り、「学校を作ったオノ・ヨーコさんにはとても及ばないけれど、少しでも子ども達の支援ができれば」という思いで2020年も開催予定だったが、コロナが世界を覆った。

世界へ向けて、生ライブ配信を企画

2019年のように、人が密集するようなライブはむずかしい。しかし、中止にはしたくない。ライブを行うことが、コロナ禍で打撃を被っているライブ関係者を救うことにもなるし、ユニセフの募金活動も、コロナ禍で滞っていた。が、それだけではない。2020年というのは、ジョン・レノン生誕80周年、没後40年、そしてビートルズ最後のアルバムである「Let It Be」発売50周年という記念すべき年でもある。
「この時代だからこそ、できることをやりたい」と戸谷さんは考えた。

地道な交渉が実り、横浜市文化観光局の後援がとれ、2020年11月に新市庁舎のオープンスペース、吹き抜けのアトリウムから世界へ向けての生ライブ配信を実現できることとなった。演奏も映像もプロに依頼し、資金と募金はクラウドファンディングで集めた。

2部構成とし、1部はビートルズ研究家による解説トークショーと著名なプロのトリビュートバンドによるゲットバックセッションとルーフトップライブの完全再現のフィルムライブである。ルーフトップライブは、今までも様々なバンドがコピーをしている伝説のライブだ。アップル社の屋上で急遽行われたというビートルズ最後のライブを細部にわたり再現。事前に収録、当日は大型スクリーンで映像を流し、世界に配信した。
2部は、プロによるジョン・レノンソロ曲の生ライブに始まり、ラストは横浜と世界中から参加してくれた80人の子どもたちが「ハッピークリスマス」を歌う動画を昨年の動画に重ねた。

配信後は、世界各国の一般のビートルズファンのみならず、リンゴ・スターのスタッフ、ポール・マッカートニーのバンドメンバー、世界一のビートルズのトリビュートバンドである「The Fab Four」からも続々とメッセージが来たという。

『Love&Peace』のメッセージを伝えていく

もともと、ライブハウス文化で育ってきた戸谷さんだ。「こんな曲を作ったけれど、どうかな」とミュージシャンが観客に問いかけてくれるような小さなハコ、ミュージシャンと観客が一体となる熱気、「じゃあ、自分もやってみようか」と思える高揚感が好きだった。だが、世界に向けてメッセージを発信する活動にも大きな手ごたえを感じた。

「ライブハウス文化は残したい。そしてジョン・レノンの『Love&Peace』のメッセージも伝えていきたい。この時代だからこそのやり方で、違う道もいろいろと見えてくるのかもしれない」。

「無謀なチャレンジ」が好きだという戸谷さんの冒険は、『Love&Peace』のメッセージを引っ提げて、まだまだ続きそうである。

(取材・文:宗像陽子 写真:金田邦男)

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