行く道と帰る道は、違う方が面白い。
蕎麦カフェ起業で、人生を二度楽しむ
東京・杉並に、休日のみ営業している蕎麦カフェ「休日や」がある。オーナーの吉田達夫さん夫妻で切り盛りする店だが、なぜ休日しか営業しないのか? どんな思いで起業をしたのか? どんな蕎麦を目指しているのか? 興味津々で伺ってきた。
スイーツも出す蕎麦屋? 蕎麦も出すカフェ?
京王井の頭線・高井戸駅から数分の場所にある「休日や」。名前の由来は、そのまま。土日しか営業をしていないから「休日や」だ。自宅を一部改装した店なので、外観はごく普通の家の佇まいだ。


どっしりした厚板のテーブルに設えた小さな囲炉裏も含め、内装は吉田さんの手作りだとか。11月から4月にかけては囲炉裏に炭火が入り、鉄瓶からはやわやわと湯気が立ち上り、温かな空気を醸し出す。
厨房と客席の間を隔てるガラス棚の中には品の良いコーヒーカップが並び、一輪挿しには野の花が飾られ、ここはカフェですと言われてもたしかに違和感はない。大きな丸テーブル席、半個室の角席、カウンター、ロフト和室も合わせて20人も入れば満席。大人数で来てもよいが、壁際に座ってひとりで物思いにふけることもできる居心地の良さそうな店だ。
メニューの一番人気は、吉田さんが作るもり蕎麦。外皮ごと粗挽きにした「黒」と、外皮をとった「白」の2種類。辛味大根でいただく。このほかに、カフェだから当然、お茶やスイーツ、蕎麦粉のガレット、お酒や酒のアテに小皿料理もある。
「私は『スイーツも出す蕎麦屋』だと思っていますが、妻は『蕎麦も出すカフェ』と思っているんですよ」
屈託なく笑う吉田さんは御年71歳。早めの退職をしたあと、準備期間を経て63歳で「休日や」を開店した。

年に一度開店する「みそか庵」から、
週末開店の「休日や」へ
「実は、2009年に『休日や』を始める前に10年ほど、蕎麦屋をやっていたんですよ」
え? サラリーマンをしていたのでは? あらためてその足跡を伺おう。
吉田さんは、児童書の編集者として60歳まで現役で働いていた。一方、蕎麦は昔から大好きで、30代後半から蕎麦打ちを習い始め、さらにのめり込む。酒を飲んで家に帰ってからでも〆の蕎麦を打って食べてしまうほどの蕎麦好きだった。
自分が食べたいときに蕎麦を打つだけでなく、年に何回か蕎麦打ちを自宅(現在の「休日や」)で友達に教えていた。すると次第に弟子が増えてくる。お酒の好きな友人がお酒を持ってきたりする。蕎麦を打てる仲間も増えてきた。これなら年に一度くらい、本物の蕎麦屋を開店してもという話が、冗談とも本気ともつかぬうちに持ち上がる。こうして50歳の年から、毎年大晦日のみ、自宅を開放した蕎麦屋を開店するようになった。
「だから、10年蕎麦屋をやっていたけど、開店したのは10日だけ」
年に一度、大晦日だけ開店する蕎麦屋の名前は「みそか庵」。デザイナーの友達がのれんを作ってくれて、かれこれ30人以上の蕎麦打ち仲間が集まり、秋口から練習に励み、大晦日にはシフトを組んで階下の部屋で蕎麦を打つ。

「本当はね、かわりばんこに蕎麦を打って、適当なところで客席に上がって酒を一杯飲んで蕎麦食べてってちょうだい、ってことで始めたんです」
ところが思いもよらず、お客さんがたくさん来た。仲間がそれぞれ友達に声をかけ、口コミで来た人もあれば、近隣の人たちも聞きつけて集まってくる。大晦日の朝は開店前から家の前には行列ができ、チーム総動員で蕎麦を打ち続けることになった。「みそか庵」最後の年には350人ものお客さんが来店するほどの大盛況となった。
年に一度の“大人のお遊び”だから、売上はユニセフに寄付をすることに決めていた。最終的には10年間で250万円ほど寄付をすることができた。この「みそか庵」が現在の「休日や」の原点だ。
「『みそか庵』から生まれた『休日や』は、『うそから出たまこと』みたいな店なんですよ」
「みそか庵」に区切りをつけ、会社を早期退職。それから2年後に「休日や」を開店することになる。
「行きと帰りは、違う道を選べ」
吉田さんは、充実したサラリーマン人生を送っていたにもかかわらず、早期リタイアして蕎麦屋の店主となった。いくら「みそか庵」が盛況だったとはいえ、それは年に一度のお祭りのようなもの。蕎麦屋を開店するには、それなりの決意が必要であっただろう。
「子どもの頃、『行きと帰りは、違う道を選べ』と祖父に言われていました。その頃は、言葉をそのまま受け取って道草して帰ったりしていましたが、それからの人生で幾度となく、この言葉を思い出しました。実際、行きと帰りで別の道を歩くことで、別の景色が見えてくる。まったく別の世界が広がる。それは毎日の生活でも、編集者という仕事の上でも、示唆に富む言葉でした。そして、人生の道のりにおいても。そろそろ人生の帰り道かな……と思ったときに、別の道を歩んでみたいという気持ちが強くなったのです」
編集者と蕎麦屋の親父は、まったく違う道だ。店を始めて、それまでには知り得なかった人と知り合ったり、知見を得ることができたのは面白く、有意義なことだったと吉田さんは感じている。
自分が、これがおいしいと思う蕎麦を出したい
吉田さんが「休日や」開店にあたってこだわったのは「自分のおいしいと思う蕎麦を出したい」ということだ。吉田さんのこだわる「おいしいと思う蕎麦」の条件は、以下であった。
・ 粗挽き粉であること
・ 十割蕎麦であること
・ 冷水だけで打ち、その加水量もできるだけ少なくすること
・ 細打ち(1.2ミリ)にすること
・ 熟成させて(2日寝かせて)提供すること
しかし、この条件で蕎麦を作るのは容易なことではない。つながりにくく切れやすい条件ばかりが五つ重なった蕎麦打ちだからだ。
通常の蕎麦は、つながりやすくするために小麦粉を入れたり、つなぎをいれないときには水を多めにしたり、湯でこねたりする。しかし、吉田さんの目指す蕎麦を作ろうとすれば、そんな常識を覆すような工夫が必要だった。
まず打つ量を変えた。通常の蕎麦屋は一度に1.5kg~2.5㎏程度の二八蕎麦を打つ。所要時間40分から80分だ。一人分が約120gだとして12~20人分の勘定だ。その量だと、粗挽き粉を水だけで細打ちにするのはとても無理。でも、この無理な蕎麦打ちも、少量ずつならできるかもしれない。そこで吉田さんは、2人前、3人前と1回に打つ量を少ないところからだんだん増やしていき、いまはやっと6人前ずつ打てるようになった。この1回6人前を打つのに1時間かかる。一営業日に用意する量は30人分。打つこと5回で、30人分の準備がやっと終わる。尺取り虫のような打ち方だ。

「自分には時間だけはあります。だから、時間はかかりますが少しずつ打てば、自分が本当に望む蕎麦を作ることはできると思ったのです」
蕎麦をおいしく食べる条件として、挽きたて、打ちたて、ゆでたての「三たて」という言葉がある。しかし吉田さんは翌日、翌々日の蕎麦にも独特の味わいと甘みがあることを知り、2日寝かせることにしている。これもまた、打ちたてがおいしいという常識からは考えられないことだ。
「木曜日に5時間かけて土曜日の分の蕎麦を打ちます。金曜日にはまた5時間かけて日曜日の蕎麦を打つんです」
蕎麦打ちは力技だから、5時間通しては打ち続けられない。休み休み打って5時間というのは、ほぼ一日仕事だ。他にも、玄蕎麦を磨いて洗って天日干しにし、石臼で挽くという作業で一日かかる。
「そうするとね、1週間で2日しか開店できないんですよ」
申し訳なさそうに頭をかきながら、吉田さんは笑う。
おいしいと思う蕎麦の味は、人それぞれ
それだけ丹精込めて作った蕎麦であれば、誰もが唸る極上の味なのかと言えば、吉田さんは「いえいえ、それは違います」と首を横に振る。
「私が作っているのは、私が一番おいしいと思う蕎麦です。蕎麦は人それぞれ好みがありますからね。もし、お客さんで『ここの蕎麦はおいしい』と思ってくれる人がいれば、それは私と蕎麦の好みが合うというだけのこと。太い蕎麦が好きという方もおられるでしょうし、白くてのどごしのいい蕎麦が好きという方もいらっしゃるでしょう」
万人向けの蕎麦は作らない。自分が思う究極の蕎麦を作れる範囲で作る、というと、いかにも職人気質の気難しそうな親父を思い浮かべるかもしれないが、吉田さんにはまったくそんなところはない。
「自分が極めたいものを、できる範囲で、やっと作っているだけでね。食べてくれたらうれしいです」というスタンスだ。
「腕はプロ、心はアマ」が目標

吉田さんが目指す非常に難度の高い蕎麦を作るためには、少量ずつ打つということ以外に、さらにアイデアと工夫が必要だった。
作業場は、蕎麦生地の表面の細かいひび割れを見逃さないように室内を暗くし、手元灯で逆光に照らすのみ。
通常の打ち方は、鉢のなかの蕎麦粉に水を少しずつ入れるが、吉田さんは違う。ペットボトルにジョウロの口を取り付けて、蕎麦粉を篩いながらジョウロの水と交互に粉を入れサクサク混ぜていく。積層一気加水と言うやり方だそうだ。
菊練りもなければ、打粉もしない。江戸風三本打ちでもなければ、畳のように広げてのしていくこともない。どうやって粗挽き粉の粒子の間の空気をぬいてひび割れを避け、平滑にしていくことができるか。厚さを均一にしてのしていくことができるか。木材の端材や薄い樹脂材などをホームセンターで探して手を加え、麺体に生じるひび割れを閉じ、均一の厚さになるような治具(加工物を均一に正確に仕上げる道具)を吉田流に工夫している。
木工が趣味という吉田さんは、それらの工夫を楽しんでいるようにさえ見える。
さらに、店を出すにあたっては「中休みをとらない」ことと「売り切れ仕舞いにしない」ことにこだわった。
「蕎麦なんてものは、小腹を満たすもんでしょ。3時頃にちょっと食べたくなったりするもの。そんなときにせっかく店に行ったら中休みだった、それじゃお客様はがっかりですよね。だから中休みは取りません」
30人分売り切れ仕舞いにしないのも、お客様を想う気持ちから。30食しか作らないといってもそれ以上にお客さんが来そうな日は、即対応して打ちたての蕎麦を提供する。
「『腕はプロ、心はアマ』というのは開高健さんの言葉ですけれど、それが目標です」
確かにビジネスという観点から見れば、採算を度外視したこだわりかもしれない。しかしそこまでこだわるからこそ、自分の目指したの蕎麦に近づけられる。

実際に吉田さんの蕎麦をいただいた。極細打ちなのにプツプツと切れることもない。十割蕎麦なのにポソポソしていない。かといって歯にくっつく歯ぬかりもない。かむとぐっと歯ごたえがあって、フッとくずれ、口の中で香りが広がる。汁がいらないほどの風味豊かな蕎麦だった。
もうちょっと先までやってみたい

「休日や」は「とりあえず10年やってみようか」と始めて、9年目となった。
今吉田さんは「どうだろう、もう少しできそうだな」と感じている。水曜から金曜が仕込みで、土日に営業。週初めの月曜火曜は体を休めたり遊んだりしてリフレッシュ、という今のペースであれば、なんとかできそうだ。
「蕎麦打ちは力仕事。まだできそうということは、自分もまだまだ元気ということですね。ありがたいことです」
にこやかに語る吉田さん。そこには、気負いもなければ見得もない、あるのはただ蕎麦と、蕎麦を食べに来るお客様への愛のみなのだった。
(取材・文:宗像陽子 写真:金田邦男)
休日や
