鉄の道は続くよ、どこまでも。
愛すべき鉄道の魅力を伝え続けるために

鉄道旅行の著書を書き続ける旅行作家として活躍中の野田隆さん。野田さんの記事の人気の秘密は、その鉄道愛とともにわかりやすい文章だ。のめり込む鉄にはさらなる知識を与え、寄り添い、時に警告もする。鉄初心者や鉄道の魅力を十分に知らない人には、あたたかい筆致で鉄の道へと誘う。 6年前までは高校で英語教師として教鞭をとっていた。31年間の高校教師生活に別れを告げ、旅行作家・鉄道ライターとしてリスタートした野田さんに、豊かな人生を送るための秘訣を伺った。

“鉄歴”は60年以上

野田さんの鉄歴は、長い。「何年ですか?」と伺うと、「年齢と同じ」とやさしく笑う。 出身は愛知県。家からすぐ近くに中央西線のD51が走っていたから、母親のお腹の中にいるときからD51の音を聴き、生まれて後は朝な夕な、その姿を見て育ったことになる。「年齢と同じ」というのは決して大げさな話ではない。

野田 隆 名古屋市生まれ。早稲田大学大学院修了後、高校で語学を教える傍らヨーロッパの鉄道旅行を楽しみ、『ヨーロッパ鉄道と音楽の旅』を出版。その後、守備範囲を国内にも広げ、2010年3月で教員を退職。旅行作家として活躍中。日本旅行作家協会理事。

小学校の頃は列車を眺めて楽しみ、中学では鉄道模型、その後は収集鉄へと走り、乗り鉄の魅力に目覚めたのは大学の頃。特急「富士」に乗って24時間の旅に挑戦、といった牧歌的な楽しみ方をしていた。
(特急「富士」:1964年に運転開始。東京~西鹿児島を24時間以上かけて運行した日本最長運転の定期旅客列車)

その後、大学院を出て、高校で英語教師としての道を歩むことになる。「大きな声では言えませんが」と前置きをして、「学校の先生なら長期の休みに鉄道旅行ができるかなと思いまして」と微笑む。今でこそ、教師の多忙さは社会問題として取り上げられる。しかし、昭和の頃はまだ余裕もあった時代。教師をしながら趣味を楽しみ、長期休暇を使って旅行に出かける人もいれば、休みを使って地域の人に自らの専門知識を教える人などもいたそうだ。

きっかけは旅行ガイドブックへの投稿だった

大学院を出てから就職したため、新人の時にはすでに27歳。しばらくは旅行の余裕もなかったが、30歳を過ぎた頃から、長期休暇では海外の鉄道旅行を楽しむようになる。

最初は親戚の伝手を頼って、アメリカ鉄道の旅。その後は、ヨーロッパへ。その際に参考にした『地球の歩き方』などの旅行ガイドブックに、丁寧な情報更新の投稿を続けていたところ、編集者の目に止まるようになり、雑誌や本の執筆を依頼されるようになったのが野田さんの活動の原点だ。

普段は英語教師だが、放課後は鉄道研究部の顧問として鉄道好きな生徒たちとふれあい、週末は日帰り旅行などを楽しむ。長期休暇は外国へ出かけるなどしつつ、趣味としての乗り鉄ライフを楽しむ現役生活だったが、定年の少し前に退職。2010年に旅行作家として独立する。

30年働いていたからこそ、今の充実がある

退職後フリーとなり、好きな鉄道に乗りながら記事を書いているというと「とてもうらやましいご身分で」などと言われることも少なくないらしい。「そんなに楽なことはないですよ」と、野田さんはちょっぴり顔を引き締めた。
教師ではなくて、最初から鉄道ライターになればよかったのでは?という声にも否定的だ。

30年教師をやってからフリーになってよかったと感じるには、主に2点ある。
ひとつは、仕事というものに対する姿勢が培われたことだ。
教師を30年余り続けてきたことで、フリーでやっていける今がある、と野田さんは言う。

専門分野である英語を、瞳がキラキラしている高校生に情熱を持って教える。それは、教師の仕事の領域の中でほんの一部分に過ぎない。その他にも、教師同士の人間関係、保護者との関わり、膨大な事務作業の山、雑務をこなしていかなければいけない。しかし、それを30年続けていたおかげで、いまの一見呑気に見えるが厳しさも持ち合わせる旅行作家もできるのだと、野田さんは感じている。

「フリーになるということは、なんでも自分でやらなければならないということ。意外と地味なことの積み重ねなんです」

毎日列車に乗っているわけではなく、ほとんど家でパソコンに向かっている。確定申告も面倒な事務処理も誰もやってくれないから自分でやる。本を出せば、告知のハガキを自分で作って配って歩き、企画の持ち込みもする。依頼される仕事は、つまらないものもある。けれども仕事とはそういうものだ。そういうことの積み重ねだということを、30年勤めていて熟知しているから、いまできる。

「サラリーマンをやらずに、若くしてフリーになった人は、好きなことばかりできると思っているような気がするなあ。でもそれでは、続かないんじゃないかなあ」

不安定な収入には、現役時代の蓄えが支えに

もうひとつの理由は、経済的な面だ。
フリーになった現在は、収入が不安定であることを痛感せざるを得ない。特に痛手を被ったのは東日本大震災の後だ。突然連載がなくなったり、初版本の冊数が減るなどの影響があった。出版業界全体が低迷し、その時に減った初版本の冊数はいまも回復はしてしない。

30年間仕事をしてきて、“経済的な余裕”と“仕事をする上での経験”という蓄えがあって本当によかったと、野田さんは感じている。だから「早期退職をして好きなことで身をたてたい」と訴える30代~40代の人には、がんばってもう少し続けなさいと伝えている。

いま、野田さんが充実した人生を送っていることは事実だ。鉄同士のネットワークは小学生からシニアまで幅広く、友達には事欠かない。Facebookで繋がる友達も、もうすぐ500人だ。高校教師時代に顧問をしていた鉄道部の教え子たちとは、年に一度は会って酒を酌み交わす。うれしいことに、仕事の依頼でさまざまな列車に乗る機会も多い。
ただ、それが、30年間真面目に働いてきた上での充実ライフであることは、間違いないのだ。

愛らしく思える?鉄たちの生態

すでに野田さんは18冊もの鉄道関係の本を出し、また新聞や雑誌でも連載を多く持っている。初心者のために鉄道旅の楽しさを伝える『旅が10倍面白くなる観光列車』(平凡社新書)、テーマを決めてアイデアや工夫を楽しむ旅を提案する『テツはこんな旅をしている』(平凡社新書)、出張ついでに楽しむ『出張ついでのローカル線』(メディアファクトリー新書)、定年後におすすめの『定年からの鉄道旅行のススメ』(洋泉社新書)など、移動のツールだけではない鉄道旅の楽しさが伝わる本が多い。

しかし最近の著では、まったく別の面でさらに面白さが増している。2016年4月発行の『テツに学ぶ楽しい鉄道旅入門』(ポプラ新書)には、奇想天外な鉄が多数出てくる。いわば「変人」「オタク」の猛者がズラリ。けれども、彼らをちょっと俯瞰した視点から描く野田さんは、同調しすぎず、適度な距離を保ちながらエスプリの効かせた文章を展開してくれる。登場する猛者たちはみな生き生きと鉄の道を極め、呆れるほどバカバカしく、そしてなんだか愛らしい。

鉄道マニアは時に変だ、オタクだ、などと言われ、筆者自身もちょっぴり偏見の目で見た時期があったことは否めない。けれども『テツに学ぶ楽しい鉄道旅入門』を読むと、ひたすらマニアックで、変なルールを自ら定め、鉄の道に邁進する彼らをどこか、憎めない。もちろん、野田さん自身が彼らの中のひとりでもあり、彼らを愛しているからこそなのだが。
恋人や家族に鉄道マニアがいて「行動が理解できない」と頭を抱えている人にも、うってつけの良書と言えるだろう。

熟年夫婦にこそ鉄道旅行がおすすめ

昔から相当、鉄分が濃い目だった野田さん。いまでももちろん濃い目ではあるが、その関わりは少しずつ変わってきているようだ。乗るだけ乗って日帰りで戻るといった強行軍だけではなく、奥様を同伴して温泉に一泊したり、おいしいものを食べるといった楽しみも広げている。

「定年後の熟年夫婦にはぜひ、鉄道旅行をおすすめしたいです」と野田さん。理由を聞くと「歩く距離が増えるから健康的、ということもあるけれど」といたずらっぽく笑って続けた。

「クルマと違って列車は人の目があるでしょう? 新婚と違って、熟年は言いたい放題言っているとすぐに喧嘩になっちゃいますからね。鉄道旅行だと喧嘩になりにくいんですよ」とにっこり。ああ、確かにそれは否めない。

野田さんによれば、階段の上り下りで足腰も鍛えられ、車窓に風景が流れるのんびりしたスピードに心が癒され、渋滞に巻き込まれることもないからイライラすることもないとか。

“鉄復活”を密かに目論む方は、奥様を誘って鉄道旅行に出かけてみてはいかがだろう。その際には、野田さんの本を携えて出かけることをおすすめしたい。

(取材・文:宗像陽子 撮影:金田邦男)

撮影協力:原鉄道模型博物館

http://www.hara-mrm.com/
営業時間:10:00~17:00(最終入館16:30) 休館日:毎週火曜日
入館料:大人1,000円/中学・高校生700円/小人(4歳以上)500円(税込)
神奈川県横浜市西区高島一丁目1番2号 横浜三井ビルディング2階
問い合わせ先:045-640-6699

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