「目黒不動尊」門前の賑わい

「五色不動」の一つ「目黒不動尊」 MAP 1

「五色不動」の一つ「目黒不動尊」

天台宗の「東叡山寛永寺末」である「泰叡山瀧泉寺」、通称「目黒不動尊」は、慈覚大師が808(大同3)年に開創したといわれる。江戸時代には「五色不動」の一つとして広く信仰を集め、また江戸近郊の行楽地として門前町は大いに賑わいを見せた。「行人坂」から門前までの道筋には茶店や土産物店が並び、不動尊へ曲がる角にあった「角伊勢(かどいせ)」や「大国屋」は、栗飯や筍飯で名を売り明治時代以降も繁盛していたという。また、1812(文化9)年に許可された富くじ興行の開催日には大勢の人がつめかけ、「湯島天神」や谷中の「感応寺」(現「天王寺」)とともに「江戸の三富(さんとみ)」といわれた。【画像は1834(天保5)年】

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「五色不動」の一つ「目黒不動尊」

慈覚大師が、独鈷(とっこ)を試しに投げ入れると泉が湧き、滝となったという「独鈷の滝」や、晩年を下目黒で隠棲した蘭学者の青木昆陽の墓など、境内には見どころも多い。

毎年11月の「酉の市」で賑わう「大鳥神社」 MAP 2

毎年11月の「酉の市」で賑わう「大鳥神社」

現在の「山手通り」と「目黒通り」の交差点付近に鎮座する「大鳥神社」は「尊の霊(みたま)が当地に白鳥としてあらわれ給い、鳥明神として祀る」との縁起があり、806(大同元)年に社殿が造営された目黒区内最古の神社として、現在まで多くの人々の信仰を集めている。その賑わいは江戸時代に「目黒に名所が三つござる。一に大鳥、二に不動、三に金毘羅」と麦打歌に歌われたほどだったという。現在まで続く毎年11月の酉の日に行われる「酉の市」には、参道に露店が立ち並び、商売繁盛の「縁起熊手」を求める参拝客で混み合う風景で知られている。【画像は1834(天保5)年】

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毎年11月の「酉の市」で賑わう「大鳥神社」

2008(平成16)年に鎮座1200年を迎えた「大鳥神社」は、今も「目黒のお酉さん」として親しまれている。

「江戸三大火」で知られた「行人坂」 MAP 3

「江戸三大火」で知られた「行人坂」

「行人坂」の名は、奥州「湯殿山(ゆどのさん)」の行人(行者)、大海法印によって開かれた「大圓寺」の「大日如来堂」に、多くの行人が修行に訪れたことからそう呼ばれ始めたという。かつて、坂の上には「富士見茶屋」という見晴らしの良い茶屋があり、「目黒不動尊」への参拝客の多くが立ち寄った。「権之助坂」が開通する江戸時代中期までは、江戸と目黒を結ぶ交通の要衝でもあった。坂の途中の「大圓寺」は、「江戸三大火」といわれる1772(明和9)年の「明和の大火」の火元としても知られる。【画像は1864(元治元)年】

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「江戸三大火」で知られた「行人坂」

坂を下ると、左手に「大圓寺」と「目黒雅叙園」が並ぶ。その先は「目黒川」にかかる「太鼓橋」。

門前町随一の賑わい、「目黒飴」の「桐屋」 MAP 4

門前町随一の賑わい、「目黒飴」の「桐屋」

江戸時代、「目黒不動尊」の参拝客で賑わう門前町の有名な土産が「粟餅」、「餅花」そして「飴」だったといわれている。「桐屋」は、「安養院」の参道入口に店を構えた有名な飴店だった。『江戸名所図会』の第三巻には、「目黒不動」、「寝釈迦堂」、「蛸薬師堂」などと並んで、「桐屋」の店先の賑わいが「目黒飴」と題して紹介されている。【画像は1834(天保5)年】

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門前町随一の賑わい、「目黒飴」の「桐屋」

現在の「安養院」の参道入口付近。「桐屋」があったとされるのは門の左手だが、その面影は残っていない。

「目黒のさんま」MAP 5(茶屋坂)

『目黒行人阪之図 廣重東都坂盡』 『目黒行人阪之図 廣重東都坂盡』

有名な古典落語「目黒のさんま」は、目黒筋へ鷹狩に来た殿様が空腹となった時、茶屋の爺がさんまを差し上げるところから始まる。殿様は屋敷に戻るも脂がのったあの味が忘れられない。しかし、当時庶民の魚であったさんまが屋敷で出る訳もない。そこで親戚のところへ食事のお呼ばれをしたときに、ここぞとばかりにさんまを注文。親戚たちは驚いて日本橋魚河岸から最上級のさんまを取り寄せた。しかし、親戚たちは殿様の体を気遣い、丁寧に小骨を除き、蒸して脂を抜いてしまった。ひと口食べたがおいしくも何ともない。「このさんまはいずれより取り寄せた?」「日本橋魚河岸にてございます」「それはいかん。さんまは目黒に限る!」。海とは無縁の場所であるはずの目黒のさんまの方がおいしいと信じている世間知らずな様子が描写された落ちである。

富士山を眺める絶好の場所の一つだった「千代ケ崎」の西、現在の「防衛省防衛研究所」の西側に「茶屋坂」という坂がある。そこに「爺々が茶屋」があり、幕府の将軍が毎度の鷹狩で立ち寄ったという。史実として残っている話だが、茶屋で献上したと記録されているのはさんまでなく「田楽」だったともいう。

「目黒のさんま」にあやかって始まり、今ではすっかり目黒における秋の風物詩となった「目黒のさんま祭り」。実は、品川区側と目黒区側の2か所で開催されている。品川区側は「目黒駅」近くで、目黒区側は「目黒区民祭り(通称・目黒のSUNまつり)」として「茶屋坂」近くで、それぞれ毎年9月に行われている。どちらの祭りもさんまが無料で振舞われるとあって、有名な古典落語とともに秋の味覚を楽しむため、例年多くの人で賑わっている。

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