賃貸経営の法律アドバイス

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大谷郁夫

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賃貸経営の法律
アドバイス

弁護士
銀座第一法律事務所
大谷 郁夫

2015年8月号

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。

原状回復費用を借主に負担させる特約

 毎日猛暑が続いていますが、そんな中、先日ゴルフに行ってきました。猛暑の真昼間に、日陰の少ない野原でクラブを振り回し、歩いたり、走ったり(私は下手くそなのでよく走ります。)するわけですから、熱中症になってもおかしくないのですが、あまり熱中症になったゴルファーを見かけません。それどころか、明らかに60歳代後半から70歳代と思われる皆さんが、猛暑をものともせず元気にプレーされています。やはり日本のシニアは元気です。

 さて、今回は、前回の続きで、経年変化や通常損耗によって汚れたり壊れたりした部分の修理費用を借主に負担させる特約のお話です。
 前回ご紹介したケースは、次のようなものでした。

貸していた部屋 : ワンルームマンション(入居時築4年)
貸していた期間 : 4年間
家賃 : 月額8万円
預かっている敷金 : 16万円
入居時の状況 : フルリフォーム(壁紙も張替え)破損・汚れ一切なし
退去時の状況 : フローリングに大きな傷あり・壁の一部にコーヒーをかけたシミあり・壁の一部が日焼けにより変色・テレビや冷蔵庫などの後部の壁紙に黒ずみあり

 借主が退去した後に大家さんが、この部屋のリフォームをしました。かかった費用は、次のとおりです。

(1)壁紙の総張替え 60,000円
(2)フローリングの傷部分の修理 30,000円
(3)台所及びトイレの消毒 10,000円
(4)部屋全体のハウスクリーニング 30,000円
(5)鍵の交換 20,000円
 合計 150,000円

 このケースでは、契約書に特別な定めがなければ、退去した借主に請求できるのは、(1)の一部の10,000円程度と(2)の全部30,000円の合計40,000円です。残りの110,000円は、大家さんの負担となります。
 しかし、賃貸借契約書にちょっとした特約を記載するだけで、この110,000円のうち60,000円を借主に負担させることができます。
 その特約は、こんな内容です。

【特約】
下記の通常損耗や経年変化の修理費用は、入居者の負担とします。 (1)明け渡し後の貸室全体のクリーニング費用 30,000円
(2)鍵の交換費用 20,000円
(3)台所及びトイレの消毒費用 10,000円

 このように、経年変化や通常損耗によって汚れたり壊れたりした部分の修理費用を、賃貸借契約に明記された特約によって借主に負担させることは、最高裁判所も認めているところです。

 ただし、注意しなければならないのは、契約書への記載の仕方です。
 まず、よくあるのが、抽象的に「通常損耗や経年変化の修理費用は、入居者が負担とする。」と記載しただけのパターンですが、このような記載の仕方では、特約の効力はなく、借主に、経年変化や通常損耗によって汚れたり壊れたりした部分の修理費用をふたんさせることはできません。
 裁判所は、こうした特約が有効である理由として、賃貸借契約締結の際に、借主が退去時に負担すべき金額が明示されていて、借主は、その金額を認識したうえで契約を締結したことを挙げています。つまり、退去時にいくらとられるか分かっていながら契約を締結したのだから、その特約は有効だとしているのです。
 ところが、上記のような記載の仕方では、借主が退去時に負担すべき金額は、全く分かりません。ですから、このような記載の仕方では、裁判所はこの特約を有効と認めません。

 次に多いのは、上記の記載に加えて、契約書の末尾に修理費用の単価を記載している場合です。
 例えば、退去時に壁紙の張替え費用全額を借主の負担とし、その単価を1平方メートル当たり1300円と記載してあったとします。確かにこの記載によると、上記の単価に借りている部屋の壁紙の面積を掛ければ、壁紙の張り替え費用は算出できます。しかし、借りている部屋の壁紙の面積は、入居者には簡単には分かりませんから、やはりこのような記載の仕方では、借主が退去時に負担すべき金額が明示されていて、その金額を認識したうえで、借主が契約を締結したとは言えないでしょう。ですから、このような記載の仕方では、裁判所はこの特約を有効と認めないでしょう。
 結局、一番確実なのは、前回紹介したように、負担してもらう修理項目と金額を、はっきりと明示することです。これなら、借主が退去時に負担すべき金額が明示されていて、その金額を認識したうえで、借主が契約を締結したと言えますから、裁判所はこの特約を有効と認めてくれます。

 もっとも、金額を明示すれば何でも有効と言うわけではありません。
 最高裁判所の判例で認められたのは、家賃月額の3倍くらいまでの金額です。ですから、家賃月額の4倍以上になるような金額を借主に負担させるような特約は、無効あるいは一部無効とされる可能性があります。
 また、家賃月額の3倍くらいまでは認められると言っても、その金額が、通常の修理費用の相場を大きく上回るような場合は、無効あるいは一部無効とされる可能性があります。
 たとえば、家賃月額10万円の都心のワンルームマンションの場合、家賃月額の3倍は30万円です。従って、30万円までなら借主に負担させてもよいように見えます。しかし、ワンルームマンションならば、壁紙の全部貼替え、全体のクリーニング、鍵の交換、台所とトイレの消毒をしても、合計で20万円もかからないでしょう。従って、例え家賃月額の3倍以内でも、借主に負担させる金額が25万円とか30万円となれば、そのような特約は、無効あるいは一部無効とされる可能性があります。

 さらに、東京都内にあるアパートやマンションの場合には、東京ルールを考慮して、特約に次の一文をつけておくと安心です。実際に、このような表現の特約を有効と認めた裁判所の裁判例もあります。

 「これらの費用は、本来甲(賃貸人)が負担すべきものですが、乙(賃借人)にご負担をお願いするために、特約として記載しています。」

 いずれにしても、上記のような特約は、明らかに大家さんに有利な特約であり、借主に特別な負担をさせるものですから、契約締結時に、上記の特約の内容を借主によく説明し、理解してもらってください。

 次回は、借主が使用中に壊したり汚したりしたことを立証するための資料を確保することについてお話しします。

※本コンテンツの内容は、記事掲載時点の情報に基づき作成されております。

大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士

銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/

平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。