不動産売却・購入の三井住友トラスト不動産:TOP投資用不動産・事業用不動産賃貸経営の法律アドバイス入居者の孤独死と認知症~原状回復費用と賃貸借契約の解除の問題~(2014年11月号)

賃貸経営の法律アドバイス

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大谷郁夫

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アドバイス

弁護士
銀座第一法律事務所
大谷 郁夫

2014年11月号

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。

入居者の孤独死と認知症

原状回復費用と賃貸借契約の解除の問題

 東京でも、木枯らしが吹く季節となりました。
 この1ヵ月の間に、建物の賃貸借に関して、興味深い事案が2件ありましたので、ご紹介します。
 いずれも高齢者が入居者の事案で、一つは孤独死の場合の原状回復費用の問題であり、また、もう一つは認知症を理由とする賃貸借契約の解除の問題です。

 まず、孤独死の場合の原状回復費用の問題です。
 この問題については、このアドバイスの8月号で取り上げましたので、詳しくは8月号を読んでいただきたいのですが、結論から言うと、自殺の場合を除き、孤独死したことやご遺体の発見が遅れたことにより部屋が汚れたり壊れたりしても、それは、入居者が賃貸物件を適切に管理しなかったことによるものではありませんので、入居者に清掃費や修繕費を支払う義務はありません。
 ところが、九州のとある町で、高齢の入居者が孤独死をして10日間発見が遅れたという事案で、管理会社から相続人に対し、貸室の全面改装費180万円を請求したという事案がありました。
 請求を受けた相続人の方が、このアドバイスやQ&Aに書いた孤独死の記事をご覧になり、ご相談のメールを送ってくれました。メールによると、この管理会社は、有名な大手管理会社で、他にも同様の請求をして支払いを受けているということでした。
 相談者の方は、場合によってはこの事件を私に依頼したいということでした。興味深い事案ですので、お引き受けしたい気持ちもありましたが、九州の事件をお引き受けした場合、交通費や出張日当をいただかなくてはならなくなりますで、依頼者の方にかなりの経済的なご負担をかけてしまいます。
 そこで、「お近くの弁護士さんでも、孤独死の場合の原状回復費用の問題については、同じ意見だと思いますので、相談してみてください。」とお返事したところ、お近くの弁護士さんに依頼されたというお返事をいただきました。その弁護士さんも、私と同じ意見だということでした。
 ご相談者の方は、今後この弁護士さんを代理人として、管理会社と交渉をしていくことになると思いますが、場合によっては訴訟となるかもしれません。もし判決が出た場合には、裁判例として価値があると思いますので、是非判決文を見せてもらい、このアドバイスでみなさんにご紹介したいと思っています。

 次は、認知症を理由とする賃貸借契約の解除の問題です。
 この問題は、私が成年後見人をしている男性高齢者(Aさん)の奥さん(Bさん)からご相談を受けました。
 Aさんは特別養護老人ホームに入居していますが、奥さんのBさんは、賃貸マンションに入居して、1人で生活しています。
 ところが、Bさんに、最近認知症の症状がでてきました。もともと、Bさんは、高齢のために足腰が若干不自由な状態でしたが、この状態に認知症が加わったために、要介護認定を受けることになりました。もちろん、まだ軽度の認知症ですから、要介護認定を受けてヘルパーさんの介護を受ければ、1人で生活できる状態です。
 ところが、この話を聞きつけた大家さんから、マンションの賃貸借契約を解除したいという申し出がありました。このため、困ったBさんが、私に相談してきたのです。
 そもそも、賃貸アパートや賃貸マンションに高齢者が入居している場合、この高齢者に介護が必要となったことを理由として賃貸借契約を解除できるのでしょうか。
 大家さんが契約を一方的に解除できるのは、あくまで入居者に契約違反などがあり、大家さんと入居者との間の信頼関係が維持できなくなった場合です。具体的には、入居者が家賃を払わないとか騒音を出して他の入居者に迷惑をかけたというような場合です。しかし、高齢の入居者に介護が必要になったというだけでは、入居者に契約違反はありません。
 では、高齢の入居者に介護が必要になったというだけではく、認知症の程度が重くなり、1人で生活することが困難になったときはどうでしょうか。
 具体的には、室内で倒れていて救急車で運ばれることが何度もあったとかマンション内を徘徊するというような状態になった場合はどうでしょうか。
 このような状態になれば、周りの人に迷惑をかけていますし、本人の生命や身体にも危険がありますので、大家さんとしても、「入居者との間の信頼関係が維持できなくなった。」として、契約を解除することが可能です。
 もっとも、法律的に契約を解除することが可能であるとしも、契約を解除して高齢の入居者を強制的に退去させることは、実際には困難です。
 ここまで認知症が進むと、裁判の当事者となる能力があるのか疑問ですので、明け渡しを求める裁判自体を起こすことができないかもしれません。また、仮に裁判を起こすことができても、大家さんは、入居者が上記のような状態であることを立証しなければなりません。これは結構大変です。しかも、裁判官も、明け渡しを命ずる判決を出すことを躊躇し、明け渡しを命ずる判決が出ても、執行官は、行く当てのない認知症の高齢者を追い出すような強制執行はしないでしょう。

 今回取り上げた2つの事案は、超高齢化社会を迎えている我が国においては、当たり前のように起こる事案であり、これからどんどん数が増えて行くことが予想されます。
 ですから、高齢の入居者のいる賃貸物件の大家さんとしては、対応を考えておく必要があります。孤独死の場合の原状回復費用については、このような事態を想定した保険がありますので、この保険で対応することが考えられます。孤独死を防ぐセンサーを、入居者の同意を得て室内に設置するという方法もあります。
 また、認知症の入居者に対する対応は、まず子供や兄弟などの親族に相談する方がいいでしょう。そのためにも、日ごろから、親族の連絡先を確認し、何か問題が起きたら、こまめに連絡しておくべきです。また、入居者の生命や身体に危険がある場合は、市役所や区役所にある高齢者地域福祉担当に相談するという方法もあります。

 その他にも対策はありますが、少し長くなりましたので、別の機会にお話ししたいと思います。

※本コンテンツの内容は、記事掲載時点の情報に基づき作成されております。

大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士

銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/

平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。