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大谷郁夫

賃貸経営の法律アドバイス

賃貸経営の法律
アドバイス

弁護士
銀座第一法律事務所
大谷 郁夫

2014年10月号

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。

弁護士泣かせの長期の契約期間

大家さんからの中途解約は認められない!?

 日中はまだ少し蒸し暑いことがありますが、夜になると半袖では肌寒いくらい涼しくなりました。
 やっと涼しくなったので、仕事の効率も上がってきたかなと思っていた矢先、弁護士泣かせのこんな相談がありました。

 Aさんのお父さんは、自分の所有している土地の上に木造建物を建て、その建物の一角をお弁当屋さんに貸していました。この建物が建築されたのは40年以上前で、当初はいろんなお店が入っていましたが、ここ10年くらいは建物の老朽化に伴い入居しているお店も次々に出ていき、今いるお弁当屋さんだけが残りました。Aさんのお父さんは、昨年お弁当屋さんとの賃貸借契約を更新しましたが、今年に入って亡くなってしまいました。
 この土地と建物を相続したAさんは、お弁当屋さんに出て行ってもらい、この土地と建物を売ろうと考えました。そこで、このお弁当屋さんとの退去交渉を、私に依頼されたのです。

 私は、Aさんから、Aさんのお父さんが昨年お弁当屋さんとの契約を更新した際に作った賃貸借契約書を見せてもらいましたが、契約期間は5年間とされていました。私は、これを見て、正直「こりゃ、困った。」と思いました。
 通常、建物の賃貸借契約には契約期間が定められていますが、この賃貸借期間中は、借主に契約違反がない限り、大家さんの都合で一方的に契約を中途解約することはできません。仮に賃貸借契約書に大家さんから中途解約ができるという条項があっても、このような契約条項は、借地借家法により無効となります。
 ですから、Aさんとしては、契約書に契約期間が5年間と書いてある以上、この5年間は、お弁当屋さんに対して、「中途解約するから、出て行ってくれ。」と言うことはできないのです。
 もちろん、このような場合でも、大家さんと借主が解約を合意した場合は、契約は終了し、借主は出ていくことになります。しかし、これは、あくまで借主が解約を承諾した場合であり、大家さん側の都合による一方的な解約ではありません。
 そして、借主が解約を承諾するかどうかは借主の全くの自由ですから、「絶対にNO!」と言われたら、契約期間中は、ほとんど打つ手がないのです。そういう意味で、弁護士としては、「こりゃ、困った。」と思ってしまうのです。

 とは言え、Aさんが、どうしても交渉してほしいと言われるので、「中途解約はできないので、お金を出して解約に応じてもらうしかありません。」と説明し、お弁当屋さんと交渉に入りました。しかし、案の定、法外な金額の金銭を要求されました。おそらく、お弁当屋さんは、大家さん側から中途解約できないことをよく理解しており、お弁当屋さんが了解しない限り、この土地と建物は売れないと踏んで、足元を見てきたのです。
 このお弁当屋さんは、どう見ても儲かっていないようだったので、家賃の値上げ請求などで揺さ振りをかけるという方法もありましたが、Aさんは、そこまでするつもりはないということでした。

 この事件は、弁護士からすると、昨年の更新時に、5年間という長い契約期間にしたのが失敗だったとしか言いようがありません。
 Aさんのお父さんは、自分がこんなに早く死ぬとは思っていなかったので、簡単に5年の契約期間を認めてしまったのだと思います。
 あるいは、Aさんのお父さんは、契約期間を5年間とすることにより、賃料収入を確保したいと考えたのかもしれません。
 しかし、大家さんが高齢の場合、いつ大家さんが亡くなり、相続が発生するか分かりません。その場合、相続税の支払いなどのために、遺産である土地建物を売らなければならないときもあります。しかし、借主が居座っていたのでは、売るに売れないのです。どうしても、売らなければならないときは、多額の金銭を支払って、解約を承諾してもらうしかなくなります。ですから、大家さんが高齢の場合、あまり長い契約期間は、好ましくありません。
 しかも本件のような築40年以上の老朽化した木造建物では、早晩建て替えの必要が生じます。しかし、老朽化が進んでも、契約期間が終了しない限り、建て替えの必要があるからといって、大家さん側から中途解約をすることはできません。やはり、契約期間の終了を待つしかないのです。この点からも、長期の契約期間は、避けるべきだったのです。

 もし、本件で契約期間が2年間であったら、来年には契約期間が満了します。契約期間が満了したら、契約の更新を拒絶することができます(この場合、大家さんは、借主に対して、契約期間の満了する6ヶ月から1年前に、更新拒絶の通知をしなければなりませんので注意してください。)。
 もちろん、借地借家法上、更新拒絶の通知をしても、大家さんに正当事由がなければ、更新拒絶は認められません。しかし、大家さん側に、相続税の支払いのために土地建物を売却しなければならないとか、建物が老朽化して危険なので建替える必要性があるという事情があれば、法外な金額ではなく、ある程度常識的な金額の立退料を払うことによって更新拒絶が認められます。

 このように、この賃貸借期間中は、借主に契約違反がない限り、大家さんの都合で一方的に契約を中途解約することはできませんので、大家さんとしては、賃貸借契約の契約期間は慎重に決定するべきです。特に老朽化した建物の賃貸者契約の更新については、できるだけ短くするか、場合によっては更新を拒絶しておくのが無難です。

※本コンテンツの内容は、記事掲載時点の情報に基づき作成されております。

大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士

銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/

平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。