こわれたおもちゃに生命を与える。
好きなことをして人に感謝される喜び

定年後に、趣味を極めたいと思っている方は多いだろう。しかし、その趣味を楽しみつつ、孫のような世代を含め幅広い年齢層の人から感謝され、仲間も増えていく……となると、そう簡単ではないかもしれない。今回は、そんな幸せな趣味を楽しんでいる方々のお話だ。

毎日が楽しくてたまらない

ある土曜日。東京・新宿区にある「東京おもちゃ美術館」3階の一室に、なにやらエプロン姿の、小学校の図工の先生のような出で立ちの男性たちが集まっていた。ある人は真剣な表情で机の上のおもちゃに向かい合い、ある人はほかの人の手作業をジッと見つめる。和気藹々と相談をしながらおもちゃの動作確認をしている人もいる。

ここは、こわれたおもちゃを直してくれる「おもちゃ病院」だ。

おもちゃ病院は「日本おもちゃ病院協会」という全国組織のボランティア団体が主宰している。1984年、東京おもちゃ美術館が東京・中野区に開館。その中に、こわれたおもちゃを修理するおもちゃ病院が開院した。徐々にその活動は広がり、1996年には全国組織となり、2008年、東京おもちゃ美術館の新宿区への移転とともに「日本おもちゃ病院協会」となった。現在、全国で定期または不定期に開催されるおもちゃ病院は約600ヶ所あるというから、名前だけでも聞いたことがある方も多いのではないだろうか。

この協会の会長を務めるのが、三浦康夫さんだ。今から19年前、その頃は中野にあったおもちゃ美術館でたまたま見かけた「おもちゃドクター養成講座」のチラシが、三浦さんのセカンドライフを決定付けた。

当時、三浦さんはまだ会社員だったので、土日のみのボランティアとしてその活動をスタート。その後14年間、そのスタイルを続けた。5年前に定年退職した後の2012年に会長となり、月に15日間も東京・横浜近辺のおもちゃ病院を飛び回る。おもちゃドクター養成講座の講師としても活躍する忙しさだ。
「ほかの趣味などする暇は全然ありませんよ」と、とても嬉しそうに語る。

三浦康夫 70歳。50歳を過ぎておもちゃドクターに登録し、サラリーマンを定年退職後「日本おもちゃ病院協会」会長に就任。おもちゃを直し、おもちゃドクター養成に力を注ぎ、おもちゃ病院の認知に務める。

こわれたおもちゃは「患者」。
引き取って修理は「入院」

おもちゃ病院では、おもちゃを直してくれる人を「おもちゃドクター」と呼ぶ。こわれたおもちゃは「患者」。その場で直せず、引き取って修理をするのは「入院」。人形の足が折れていれば「骨折」だ。動かなくなったおもちゃが「手術」で直り、動き出せば「息を吹き返した」と喜ぶ。
そんな言葉ひとつとっても、おもちゃに対する愛情が感じられる。

おもちゃドクターになる方法は簡単だ。「おもちゃドクター養成講座」を受講して、おもちゃの直し方の基本やドクターとしての姿勢について学ぶ。修了書をもらえば誰でも、おもちゃドクターとして活動できる。最初はインターンとして現場で学ぶこともある。現在は60代を中心として、若きは高校生から最高齢は86歳まで、おもちゃドクターとして登録されている人は全国で1,400名を超えるという。

おもちゃの修理は、ヒューズ交換など材料費がかかった場合を除けば、原則無料。遠くのおもちゃ病院に行く場合の交通費は、自前だという。工具や部品、基本的な材料なども自分で調達する場合がほとんどだ。

「ボランティア精神がすごいですね」と尋ねると、笑顔を絶やさず三浦さんは語る。

「おもちゃドクターはね、単なる趣味なんです。みなさんも趣味でどこかに行くときは、交通費は自前でしょ? それと同じ。こんなに楽しいことはないんですよ」

どう直すか考え抜いて実践。
息を吹き返す瞬間に喜びを感じる

おもちゃを直すことが、なぜそんなに楽しいのだろうか。

おもちゃのほとんどは、国内ではなく海外製なのだそうだ。部品はほとんど日本にないため、簡単に交換とはいかないことがほとんどだ。となると、修理も簡単ではない。メーカーに持ちこんでもなかなか直らないのはそのためだという。「どうしようか」と毎回、頭をひねることになる。それが面白いと言う。

破損箇所を、手元にある部品を応用して補修したり、時には部品を新たに作ったり。使える部品を探してホームセンターを探し回ることも、工具を特注することもある。
パズルや知恵の輪の解き方を考えていくようなもの、と三浦さんは言う。

「部品がピタっとはまれば、そりゃうれしい。破損状態がひどければひどいほど、心が沸き立ちます。さあ、どうやって直そうかと」

この日、三浦さんが格闘していたのは、ミニカーのタワーパーキングだった。「なんだか動かなくなったので直して欲しい」との依頼で、まずは全体をチェックする。電池の液漏れがひどかったため、錆び付いた電池を取り外し、中の掃除からはじまり、ここに結構な時間を費やした。電池を受ける部品はリン青銅板で一から作り直し、ヒューズを交換し、モーターの配線が切れかかっていたので直し、1時間以上かかっての「大手術」となった。依頼人からいただく料金は、ヒューズ交換の実費のみ。100円だった。

「東京おもちゃ美術館」では、第一、第三土曜日におもちゃ病院が開かれている。このほか、各地のおもちゃ病院は、たとえば児童館や地域センター、デパートなどでも定期または不定期に開催されている。デパートで開催するときには、1日に50件を超えるほどの「患者」が運び込まれるとか。そしてその場で修理できなかった「重症患者」は、本拠地である東京おもちゃ美術館に「搬送」されて「入院」となる。

この日も、20体近い「重症患者」に新たな命を吹き込むために、7人のおもちゃドクターが奮闘していた。次から次へと直していく。誰が何を担当するかは決めていないが、皆、出来るものからどんどん着手する。直し方がわからないときには、仲間同士で相談し合ったり、調べたり、家に持ち帰ることもある。

「夜も布団に入ってからずっと考えてね。翌日また考えてね。待てよ、こんなふうに直したらどうだろうか。この方が確実そうだなと、直し方をイメージしていくんです。直しているときも、あれはどうしよう、これはどうしよう、と課題がいっぱい出てくる。それを一つひとつクリアしていく。苦労して音が出るようになった、動いたとなると『やった!』と達成感でいっぱいになります」

「遊ばせてもらっている」真摯な気持ちと
「なんとしても直す」プロ意識

三浦さんの腕は、職人級だ。その上きわめて謙虚。直してやる、という上から目線は一切ない。それどころか「将棋やテニスと同じ、ほんの趣味ですからお金をいただかないのは当たり前」。そう言いつつ、「わざわざ遊ばせてもらっているのだから、なんとしても直そうという気持ちで取り組みます。簡単に『直りません』とお客様にお返しをするのは失礼でしょ」と、プロとしてのプライドも覗く。

こういった真摯な姿勢は、三浦さん個人だけのものではない。

・おもちゃを直すのは、趣味である。金銭的対価は望まない。
・こちらが遊ばせてもらっているのだから、持ち込まれたおもちゃに感謝し、なんとしても直す努力をする。

この2点が、養成講座や、ホームページ、おもちゃドクター通信などを通じて、全国のおもちゃドクターに浸透している。おもちゃを直す技術も地域や人によって偏りが出ないよう、常に協会からの情報発信を怠らない。そして、おもちゃ病院のデータベースには、あらゆるおもちゃの直し方が蓄積されつつある。

実を言うと筆者は「おもちゃ病院」の存在を知っていた。しかし、直せるものはかなり限られているのではないかという先入観から、実際にお世話になったことはなかった。ところが今回、三浦さんの話をうかがい、おもちゃドクターの仕事の質の高さに驚かされた。三浦さんによれば、完治率は90%以上のこと。その時だけの応急処置に終わることもない。

電池で動くぬいぐるみの足がポッキリ折れた。しかし、骨であるプラスチックのパーツにただ接着剤を付けるといった直し方ではない。折れたパーツの双方に0.5ミリほどの小さな穴をピンバイスで開け、細いステンレス線で縫って強固につなげてから、接着剤で固める。接着だけではまた折れてしまう。そんな小さな、しかし大切な技術やノウハウを、ドクターは知っているのだ。
「おもちゃはこわれたらおしまい」と思っていた我が身が恥ずかしくなった。

好きなことをして遊んで、感謝されて。
2倍の喜びを得る

「おもちゃが直ればそれだけでも嬉しいのに、さらに、嬉しいことがあるんですよ」

それは、おもちゃの持ち主から感謝されるということだ。
小さな子どもに「おじちゃん、ありがとう」と言われたり、感謝の手紙をもらうこともしばしばだという。

「遊ばせてもらったのに、笑顔で『ありがとう』と言われるんだから、こんなに素晴らしいことはないですよ」と相好を崩す。

お年を召した婦人が持ってきた、鳴らなくなったオルゴールを直してあげたところ「亡くなった主人からもらったものでした」と泣かれたこともある。
「さすがにこっちもホロリときちゃいましてね」

そして、時代は移り変わっても、素朴なおもちゃのメカニズムと、子どもの素直な感性は変わらないという。

「一生懸命遊んでくれるからこそ、おもちゃはこわれるんです。元通りになったときの喜ぶ顔を見るのは楽しいです」

今後の活動について聞いてみた。

「我々の活動を知らない人がまだまだ多いのが残念です。『おもちゃを直してくれるドクターが地域の中にたくさんいる』。これを日本の文化として育てられたらいいなと思っているんです。そのためには、これからドクターになる人の支援ももっとシステマティックにして、全体のレベルを均一化しつつ、さらに上げなければいけない。おもちゃ病院通信や、ホームページも充実させて、修理のさまざまな方法を誰でもすぐに見られるようにすることで、『こわれたおもちゃも直せる』ことをもっと認知させていきたいですね」

会長として、まだまだ忙しい日々が続きそうだ。

「でもね。本当は、現場でずっと、おもちゃを直していたいんですけれどね」

いたずらっぽく笑いながら、三浦さんは本音をこっそり教えてくれた。

(取材・文:宗像陽子 写真:金田邦男)

日本おもちゃ病院協会

http://toyhospital.org/

取材協力:東京おもちゃ美術館

http://goodtoy.org/ttm/

TOPにもどる

トップへ戻る