リゾート感覚のオープンカフェ。
青梅の地に爽やかな南国の風が吹く

東京都青梅市に、トロピカルフルーツジュースやスムージーを楽しめる可愛らしいカフェがある。仲の良い夫妻が50歳を過ぎて開店し、丸7年。なぜこの地に「南国」なのだろうか? 話をうかがった。

石垣島のパッションフルーツにほれ込んで

東京・青梅市新町の住宅街に佇むのは「南国カフェ シエスタ」。スペイン瓦と白壁の小さな建物を誇らしげに守るかのような、手作りのかわいらしい看板が目に入る。青空がよく似合いそうな店だ。
(シエスタとはスペイン語で“お昼寝”という意味)

パッと花が咲いたような笑顔が魅力的な静映さんと、誠実な雰囲気の良一さんに出迎えられて店内へ。12~3名ほど入ればいっぱいの小さな店だが、天気の良い日は椅子やテーブルを庭に出して、思い思いくつろぐことができる。

さっそく、パッションフルーツジュースをいただく。「さわやか」という言葉はこのジュースのためにあるのではないかと思うほど、すっきりとした甘味に驚く。

パッションフルーツジュースやマンゴージュースの原液は無添加・無農薬にこだわって作られているもので、石垣島から取り寄せている。350円という価格設定は、取り寄せる手間を考えれば利益が出るものではないという。

これらは、沖縄・石垣島に住む静映さんの妹夫婦が30年近く前からこだわって作っているものだ。もともと石垣島では、パッションフルーツはそのまま果物として食べられ、ジュースなど加工品にするという発想はなく、食べないときはそのまま放置されていたそうだ。

本土から石垣島に移住した妹夫婦にとって、パッションフルーツが山のように捨てられているのはとてももったいない光景に映った。ぜひジュースにしたいと考え、夫婦でパッションフルーツの実を割って果汁を取り出し、絞り、手作業で原液を作り上げたのだ。

これを青梅で販売したらどうかしら、と考えたのが静映さん。夫の良一さんの実家が青梅市の表通り沿いにあったため、その敷地を使ってみてはと思ったのだ。しかし最初は妹に「そんなに簡単なものじゃない」と却下されてしまう。

もう少し話が具体化してきたのは、良一さんの両親が亡くなり、土地を相続することになった2010年のこと。良一さんは個人でインテリア設計事務所を経営していたが「いずれ、年金替わりに月々の収入が入って来るのもいいかもしれないな」と考え始めた。

それなら、良一さんのインテリア設計の腕をいかんなく発揮し、南国風の素敵な建物を建てて、テイクアウトのジュース屋さんにしたらどうだろうか。いったんしぼみかけた静映さんの夢はまた、ふくらみ始めた。

2010年から具体的に計画を練り、2011年5月のオープンを目指したが、3月の東日本大震災の影響で少々遅れて7月にオープン。最初はパッションフルーツ、マンゴー、マンゴースムージー、シークワーサー、ハイビスカスの5品をテイクアウトできるジュース店としてスタートした(シークワーサー、ハイビスカスは別の仕入れ先より仕入れている)。

良一さんが生まれ育った青梅では、常に庭先はオープンで誰でも縁側でお茶を飲むような雰囲気があったという。その雰囲気を出したくて、オープンテラスのスタイルにした。

「カフェという新事業と、いままでの本業」の
難しいバランス

宮寺良一・宮寺静映 東京都出身。沖縄・石垣島で妹夫妻が作る本格的なパッションフルーツやマンゴージュースに魅入られ、「南国カフェ シエスタ」を2011年7月にオープン。

50歳を過ぎてこういった新しいビジネスを始めた場合、どれだけそこに注力するかというのは難しい問題だろう。宮寺夫妻の場合、良一さんがインテリア関係、静映さんは航空会社の仕事に就いていた。新たに飲食業を始めるにあたり、周囲からは「本業をやめないほうがいい」というアドバイスを多く受けた。そこで、本業とカフェの両立が可能な良一さんがまず本業の仕事を減らしてカフェに注力し、静映さんは本来の自分の仕事を続け、ご本人が言うところの「外貨を稼ぐ」ことにしようかと話し合う。

「でも、どう考えても、接客業は私が向いているんです」

静映さんは笑いながら言う。

明るい性格、誰にでも平等な気配りのできる優しさ、コミュニケーションのうまさ。そういった接客に大切な能力は、残念ながら? 良一さんより静映さんのほうが長けていた。静映さんが長く続けてきた仕事は、航空会社や旅行会社の接客業。つまり静映さんは、接客が大好きなのだ。

あれこれ悩んだ末に、静映さんは長年続けてきた仕事をやめ、二人で「シエスタ」を立ち上げる。しかし、多くのアドバイス通り、シエスタだけの収入では立ち行かず、良一さんが再びインテリア関係の仕事に重点を置くようにチェンジした。良一さんはシエスタにいるときでも設計の仕事はできるので、お客さんがいないときには設計の仕事、お客さんが来れば接客という具合に、調整が可能なのも功を奏した。

「すぐに感謝される」カフェ業の魅力

接客が大好きな静映さんはもちろん、今の生活に大満足だ。では、インテリア設計と掛け持ちしている良一さんはどうなのだろう。

「楽しいですよ。インテリア設計の仕事というのは、注文された仕事が完成したときには『ありがとう』という言葉をもらえますが、そこに至るまでは注文やら調整やらで、時間も長くかかります。ストレスも感じます。でもカフェは、オーダーをいただいたものをさっと出せばすぐに感謝される。そこがいいんです。ストレスもさっと消えますよね」

「確かにそうね。ハワイアン聴きながらここにいると、家のリビングよりくつろげるから」

静映さんも笑って応じる。自分たちが癒される空間に身を置いているのだから、店の雰囲気もゆったりと居心地がよい。

青梅という場所もよかった、と二人は感じている。友人には「もっと交通の便がいい場所に開いてくれればよかったのに」と言われることもあるが、便利なところに店を開けばお客さんも増え、自分たちの許容範囲を超えた忙しさになるかもしれない。人も雇わなければならないだろう。

「50過ぎての起業ですから、思う通りに体は動かないし、反応も遅かったり。のんびりやるには、ここがちょうどよかったと思っています」

テイクアウトから、本格的なカフェへ

とはいえ、最初からそんなにお気楽だったわけではない。「こうすればきっといいに違いない」「思いがあれば必ず通じる」と思っていることが、いざ実際に動いてみるとまったく通用しないというのは、よくあることだ。だがしかし、動いてみるからこそわかることでもある。

まず、オープンテラスにして外からよく見えるようにした、というのは前述の通りだ。しかし、その狙いは外れた。

「地元の人たちは知り合い同士が多いのでね。外からお店の中が見えると、なんだか真昼間に仕事しないでさぼっているように見えちゃうみたいで」

頭をかく良一さんに、静映さんがかぶせる。

「そしたらね、植込みの木がどんどん伸びてフェンスが高くなってきたら、お客さんが安心して入って来るようになったの!」

また、「南国カフェ シエスタ」という名前も、最初からではない。

「最初は『シエスタ』だけだったんです。でも皆さん、シエスタってなんだかよくわからないみたいで『あそこの角のジュース屋』って言われていたんですよ(笑)」

それでもかまわないと思っていたが、「カフェ」という検索で調べてくるお客さんもいると知り、他のカフェとしっかり差別化できる名前を考えた。沖縄のパッションフルーツにほれ込んで始めたのだから「南国カフェ シエスタ」にしよう、と。

7月のオープン時はテイクアウト専門、店内でも立ち飲みスタイルだったが、冬になるとお客さんは激減する。そこで、立ち飲みだけではなく、庭に置いていたテーブルや椅子を店内に入れ、サンルームのような囲いを設けた。冷たいジュースだけではなくホットジュース、スープ、コーヒー、食べ物のレシピなども少しずつ増やしていった。

今ではパッションフルーツだけでもアイス、ホット、炭酸割や牛乳割も楽しめる。料理はパッションフルーツ丼、パッションチキン、パッションフルーツを使ったドレッシングのサラダなど、個性的かつ魅力的なメニューが並ぶ。特にパッションフルーツ丼は、甘酸っぱさと豚肉がマッチする静映さん自慢の一品。豚肉を醤油とニンニクで炒めてから、最後にパッションフルーツの原液をさっとかけてご飯にのせたものだ。

失敗したり、挑戦したり、足踏みしたり。試行錯誤を続けて少しずつ前進してきた7年間なのだとわかる。そこにあるのは、多少うまくいかなくても笑い飛ばす心意気と、それでも真剣に次の手を考える姿勢だ。

お客さんは、来るときは来る。来ないときは来ない

雨が降ると、ぱったりと客足が途絶える。「雨の日サービス」で100円の割引券を出したり、お弁当を作って販売に出ようと考えた時期もあった。

しかし、あるときコンサルタントに相談したところ、「お客様は気まぐれだから来ないときは来ない。来るときには来る。来た時にガンガン稼いで、来ないときにはドンと構えているしかないんですよ」と言われた。

「確かにね、雨の日サービス100円割引!とのぼりを立ててもチラシを貼っても、来ないときには全く来ないんですよ」と、静映さん。

「『ここは南の島じゃないですか。南国ムードを大々的に打ち出せばそれでいいんです』とコンサルタントに言われて、それからはあんまりガツガツしないことにしました」

そしてもうひとつ、決めたことがある。定休日以外は必ず店を開けることだ。最初のうちは天候によっては開けるのをやめようかと思ったこともある。しかし、今は雪が降っても雷が鳴っても、店を開ける。

店を開けてお客様を待つ。笑顔で迎える。一喜一憂しない。
次第に常連さんが増えていった。

地域コミュニティの場としても機能

今では、若い女性、家族連れ、一人暮らしのおじいちゃんと客層は幅広い。妊婦だった常連さんが、生まれた赤ちゃんを連れて出産の報告に来てくれたり、お客さん同士が結婚するなど、嬉しい出来事もたくさんあった。

店の中には様々なイベントや活動のチラシやグッズが置かれ、ここがひとつの情報共有の場であり、たまり場であり、交流の場であることがうかがえる。常連さんがプレゼントしてくれたというステンドグラスがさりげなく飾ってあるところも、また楽しい。

「南国カフェですから。南国ってみんなのんびりしているでしょ? 時間に追われることなく、ここでのんびり楽しみを見つけてほしいと思っています」

2年前、ブログでつながった方から「庭でフラダンスをやりたい」と言ってもらえて、庭を開放してショーを開催したことがある。その盛り上がりぶりが楽しかったので、翌年は6組のグループがエントリーする一大フラダンスショーが開催された。これからは毎年恒例のイベントにする予定だ。また、店内では東北支援のバッグも販売しているが、そのつながりからこの5月にはフォークライブも予定されているとか。

「人と人とのつながりのおかげでここまで来ることが出来ました」

もう1年、もう1年と、一歩ずつ

最初は“石の上にも三年”というつもりでやってきたというお二人。くじけそうになりながらも、日々をなんとかかんとか、周りに助けられながら切り抜けてやってきた。

「10年後のことはわからないな。あ、でも一日一日を大切に精一杯生きないとね」

静映さんが振り向いて良一さんに語りかければ、良一さんも「そうだね」とうなずく。そのあとのことはわからない。でも1年ずつ、一歩ずつやっていければと二人は考えている。

集い、語り、味わい、くつろぐ。
楽しみながらこつこつ続ける小さなお店には、爽やかな南国の風が吹いている。

(取材・文:宗像陽子 写真:金田邦男)

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